【回想】霧玄武瑠と父親
後継者を生むため、子どもを作ることは視野に入れていた。しかし、武瑠は自分が良き父親になる未来は見えていなかった。
幼い頃から暴力の中で育った。父親が厳しい(というか暴力的な)人だったからだ。
「『玄武』の名を汚すな」
それを口癖に、簡単に骨を折られた。元より、戦いには向かない優しい子であった武瑠は父による教育で強さを手に入れた。おかげで回復が早くなったことに違いはないが、その分、心が廃れてしまったことは言うまでもない。
当然、神楽礼治とコソコソ会っていたこともバレて怒られた。翌日は無理に回復させて学校に通っていたが、それも続けば心身ともに疲弊する。
結果、武瑠は『無』を手に入れた。全てを「どうしようもない」と諦めることで自分の心を守るようになった。以降、それが彼の強さの糧にもなった。
神守家頭首であった真司の紹介で、二十二で優美と出会い、二十四で結婚、二十五で第一子を作った。特に断る理由がないという無責任な動機の元に生まれた子こそ、武道であった。
しかし武道が生まれてから武瑠は『父親』について考えるようになった。本当に子を厳しく育てることが正しいのか。この業界において、厳しさとは優しさである。それはわかっているものの、自分の受けたことを思い返せば、この愛くるしい顔をした息子に自身の父と同じことができるかと言われると難しい。
武瑠は、主であり年の近い真司を見ながら、父親とは何かを学んだ。時には子育てについてアドバイスを受けに行った。
真司もまた、厳しい人間ではあった。しかし彼が良き父親であったことには違いなかった。何がそうさせるのかとよくよく観察すれば、『公私混同せず、説明は詳細に』というところに落ち着いた。
だがそれだけで解決するほど小さな悩みではない。どこまで話すべきか、そもそも霊力が彼にはどれくらいあるのか、継がせるべきか否かすらわからない。最終的に第一優先は主だと、それを伝えないことには始まらないが納得してくれるだろうか。父親に「お前より他人を優先するからな」と言われて「はいわかりました」とはならないだろう。いくらプライベートでは愛情を、とはいえその溝は埋まらない。
やはり自分は父親になるべきではなかった。
武瑠は期待と後悔に苦しめられた。それでも優美は彼を支え続けた。彼が逃げ出したくなる時はそれを責めることなく逃した。
次第に武瑠に心の余裕が生まれてきた。妻の努力で、息子は無事に成長した。素直な子へと育ってくれた武道。武瑠は戸惑いながらも育児に参加するようになった。不器用ながらも愛を与え、父を演じてきた。
家庭を持ってから、彼の心は変化した。
昔は『最も残虐な男』と噂されていた。女、子どもと関係なく殺すような男だった。そこに慈悲はない。やられる前にやる。事情も聞かず有無を言わさず敵を排除する思考は、誰よりも仕事で活躍したものの、誰よりも人を寄せ付けない雰囲気を
しかし、それがどうだろう。自分の身が自分一人のものでなくなってから、恨まれることにようやく危機感を覚えた。家族の身に何かあると困る。武瑠は周囲に被害が及ぶことを恐れるようになった。
更にそれを加速させたのは、あの日、優司を引き取った時のことである。優司は『殺す』という行為を酷く嫌悪した。元々優しい子であることももちろんだが、何より、身近な人の死をその目で見てしまったことが大きいのだろう。優司の考えは昔の自分とよく似ていた。
故に武瑠も殺しを控えた。息子の教育的にもちょうど都合が良かった。新たな主である優司の方針は『可能な限り対話による平和的解決』である。武瑠は、律儀にもそれに従った。他の従者がどれだけそれを無視して仕事をしようと武瑠だけは優司の方針に協力的だった。
それが正しいと、思い始めていたからだ。否、そちらの方が正しいと、信じたかったからかもしれない。
後に彼は息子を失うことになる。優司絡みの不慮の事故であった。しかし、彼は優司を恨むことはなかった。むしろ無事でよかったとさえ思った。実の息子は死んだというのに、他人の子である優司を恨まなかったのは、玄武の試練を乗り越えた精神力の持ち主ということも勿論あるものの、彼にとって、優司が愛しい息子に違いなかったことが大きい。
彼はすっかり父親になっていた。子を想い、強く、しかし優しく、その子を抱き締める力があった。
子をなくして父親はあり得ない。
彼が武人と優花を作る選択ができたのは、他でもない、彼らの実の兄である武道と、優司が彼を『父親』にしたこと。そして、妻の優美がそれを支え続けたことが大きく関わる。
子どもだった彼が、子どもを通して、大人になった。彼の強さは玄武だけのものではない。人間だからこその強さもあると言えるだろう。
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