【回想】大鳳朱雀と王子様

 大鳳朱雀を名を引き継いでから、彼女は男に勝るほどの女として育てられた。男より強く、男より気高い存在であるよう、教育を受けた。

 当時はまだ幼少の頃であるから、見ただけで彼女を女だと判断することは難しかった。短髪に、弓道着に、見え隠れする立派な筋肉。彼女を「可愛い」と言った人間は一人もいない。「かっこいい」または「美しい」が定番の褒め言葉だった。


 そんな彼女が優司と出会ったのは十歳、優司が十二歳の頃である。


「この子が、次期『朱雀』候補です」


母が朱雀を紹介すると、優司は少し複雑そうな顔をして言う。


「こんな可愛らしい娘さんを危険に晒すなど、本来、あってはならないのでしょうが……」


始めの一文から先はほぼ聞いていなかった。「可愛らしい」と言われたことが嬉しく、少し照れくさい。顔が林檎のように赤く染まって、熱が冷めてくれない。

 結局、その日は呆然としたまま帰宅した。恋する少女の如く、勉強中も上の空、稽古中さえミスを連発、食事もままならない、眠れない夜を何度も過ごす。そんな日々がしばらく続いた。


 周りの人と違う優司に彼女は惹かれたのだ。自分を女として見てくれたことがなにより幸福だった。捨てたはずのものを拾い上げてくれた彼を、彼女は「王子様だ」と思い込んでいた。御伽話に出てくる王子様は、実在するのだと。


 王子は優しかった。まだ幼い彼女が少しでも本当の自分らしく過ごせるようにと尽くした。白いワンピース、赤い石のネックレス、銀色の花のイヤリングなど、女の子である彼女を肯定した。「そんな邪魔なものを……」と批判していた彼女の母親も、朱雀の主が認めている以上何も言えない。むしろ「時代が変わったのね」と協力的になった。彼女の今というのは紛れもなく優司の存在あってこそである。


 しかしそんな王子には悪い癖があった。自己犠牲である。自分よりも他人を優先する彼は、時に、大怪我を負っていた。それでも笑って「ご迷惑をおかけします」と言う。「痛い! 死んじゃう! 助けて!!」と彼が言っているところを見たことがない。ほぼ同年代の自分はよく言うのに。

 このままでは、王子様が早く死んでしまう。朱雀は悲しい話が嫌いだった。いつか読んだ、優しい王子様の話が頭を過る。その王子が今の優司と重なった。その結末だけはダメだ。自己犠牲により他者へ幸せを残し、誰にも知られず、死んでいくなど。


 ならば、自分は姫ではなく騎士になろう。


 守られる側より守る側に。彼と同じ側の人間になることを決意した。

 以降、彼女は鍛錬に励んだ。更に腕に磨きをかけた。

 故に、体こそ年齢の積み重ねと共に女らしくなったとはいえ、より強く、より気高い存在になっていた。安易に近づこうとする者は誰一人としていない。そういうところが同性から人気を集め、女の子から告白されることは増えた。一方で、自分を守ってくれる男性は見たことがないほどになった。庇護欲が掻き立てられないせいで、彼女の理想の王子様は、強くなるほど減っていく。優司と初めて出会ったあの頃の、恋する乙女の感覚に、二度目はなかった。彼の騎士になる選択をしたその時に、彼女は再び、女を捨ててしまった。いや、捨てざるを得なくなったのだ。

 優司の騎士になってしまった朱雀。彼の姫の座には、いつのまにか神楽舞衣が座っている。それを妬ましいと思うことはなかったものの、そのせいで、彼女の中に疑問の種が芽生えた。


 なら、本当の私の王子様は誰?


 一生、騎士として生きていくのか。二度と、姫にはなれないのか。母でさえ、父にとっては姫であるというのに。私は……。

 こういうところは女々しいと思うが、それを包み込んでくれる人がいない。優司に話せば、きっと優しく頭を撫でてくれるだろう。しかし彼には舞衣がいる。その座を奪うような、悪女にはなりたくない。


 __いっそ、諦めてしまおうか。


 そう考え始めた時、彼女の前に、一人の男が現れた。紛れもなく、朱雀の男らしさを超える『男』が。

 聞けば、優司の友人であり、同じ道弓道を極めてきた者であるという。

 二つの意味でトンネルの中に光を灯した男。こちらの事情を把握した上で全てを受け入れ、細かいことは気にせず、抱いてくれた人。


 川田幸希。その人である。

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