【回想】古白虎雄と死んだ少年
光司が死んだ。その知らせを受けて、虎雄はその場に崩れ落ちた。
祖父に連れられて、焼け落ちた神守家の跡を呆然と見つめる。丁寧に埋められた彼ら家族の墓に、一つ、涙を落とす。しばらくして墓が一つ足りないことに気がつくと、虎雄は気が狂ったように祖父の体を揺さぶって聞いた。
「優司は!? あいつの弟はどうなった!!」
祖父はゆっくりと目を瞑り、ゆっくりと開き、虚空を見つめて答えた。
「心が死んだ。このままでは、もう、先は長くないかもしれない」
それを聞いて、虎雄は再び脱力する。あの子の心が死んだ? 光司の自慢の弟が、あの優しい子の心が、死んだ……。
虎雄はよく光司と遊ぶ仲だった。同じ学校に通い、幼馴染として彼と交流を深めた。いずれ主従関係になるはずだった二人。普通でない者同士、傷を舐め合って生きてきた二人。光司のことをよくわかっているのは、他でもない、彼であった。
故に、わかった。光司の無念が。会うたびに隙あらば弟自慢をしていた彼。愛する弟を残し死することがどれだけ悔やまれることか。そのせいで、愛する弟の心が死んだとなれば、どれだけ切ないことか。
虎雄自身も優司には好感を抱いていた。兄の隣で静かに笑っている。花のように儚く、月のように優しい。年下でありながら、賢く、大人顔負けの丁寧な対応をする。少なくとも、彼は優司に尊敬の念を抱いていた。
しかし、突然「だから、お前は優司の従者になれ」は許せなかった。
「あいつ、まだ六歳だろう?! なんでオレが年下の、しかもオレより弱い奴に、従わなきゃならねぇんだよ!」
優司が六歳であるから、彼は当時八歳。相応の反応である。
「先代が戦闘不能になれば、嫌でも次期頭首はその息子。それはお前が一番よくわかっているだろう」
通常、先代が現役の場合、十歳で神守家頭首に時期従者候補が紹介され、戦闘訓練を受ける。十二歳以上で加護をその身に受けるのが普通であるが、波青龍牙のような『実力で先代の座を奪う』という異端児もいる。しかしこれはごく稀なタイプで、それ以上に多いのは、戦死や、大怪我で戦闘不能になること。虎雄の父も虎雄を母体に宿した直後に戦死した。故に、一時的に虎之介が白虎として復帰し、もう長くはない彼の後継者を育てるため、虎雄は五歳から従者として訓練を受けた。
「弱き者を守れ。それがお前の使命だ」
「だから! ……オレが一番弱いだろ。今までずっと守られてきた。最前線には出なかった。でも、優司の下につくってことは、オレが前に出なきゃ、ってことだろ。真司さんみたいに、守ってくれないじゃん。まだオレ小学生だよ。人のために、死にたくねぇよ……」
祖父は黙って孫の話を全て聞いた後、深呼吸をして、静かに口を開く。
「わかった。お前は、お前より年下の、小学生になったばかりの優司に、自分の代わりに死ねというのだな」
その言葉に、チクリと胸が痛む。虎雄は大きく目を見開き、それから俯いた。
「優司は『自分は実力不足だから』と、従者を解放する意向のようだ。その身を神々に捧ぐと言う。良かったな。これでお前は自由だ」
「……は?」
「神々もさぞお喜びになるだろう。彼は優しい子だ。それに傷心中。自暴自棄にもなっているからな。なんでも受け入れるだろう。例えば、奴隷になれ、とか、苗床になれ、とか。しかしそれだけで済めば良いが……まぁお前には関係ないな。優司は、多くの神々から気に入られている。大切にされるはずだ。軽く八十年は保つだろう」
「八十年も、生き地獄を……?」
「優司だけが、な」
「そんな、こと」
「だが、嬉しいだろう? お前は平和に生きることができる。それで良い……いや、それが、良いんだろう?」
それを聞いた途端、虎雄は走り出した。
急いで優司の元に向かう。祖父の同伴の元、霧玄家を訪れたのは事件から二日後の深夜零時であった。あからさまに不機嫌そうな顔をする霧玄をなんとか虎雄の祖父が宥め、どうにか、優司と面会することが叶った。
「優司」
布団の上で横になる優司に声をかけると、彼はそっと微笑んだ。
「すみません、こんな状態で。こんな夜更けにどうされましたか?」
その笑みを見た瞬間、「違う」と思った。
(違う、この笑みじゃない。あいつはもっと、柔らかくて、あたたかくて、優しい顔をして、花が開くように笑うんだ。これじゃない。この笑顔じゃない)
何が違うのか、と言われれば細かなことは言えなかったが、とにかく、直感で違うと思った。無理をしているのだと。自己を偽っているのだと確信した。この状態の、まだ六歳の優司を、神々に渡したとして。優司は、残りの八十年、どうなる? 心から笑える日が一日でも来るのだろうか。残り八十年のうちに、一日でも。
「古白さん?」
拳に力が入る。虎雄はギリッと奥歯を噛むと、優司の顔を見ることなく退室した。
「もう良いのか」
霧玄に聞かれた彼は、静かに答える。
「あぁ」
その一言に、全ての決意が込められていた。
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