第74話 これから④

 兄は得意げに胸を張ると、


「今回の件で居ても立っても居られなくてさ。父さんは神守の中でも特に優秀だったからね、向こうの神々と、『交渉』という名の『賭け』をしたんだ」


そう言って、人差し指を立てた。


「賭け、ですか?」

「お前が、神守優司が、もしあの日のトラウマを克服したら。トラウマを克服して、何気ない日常を穏やかに送ることができるようになったなら。我々神守家を神守優司の守護霊として、いざという時は干渉することを許して欲しい。そう言ったな」

「……もし、できなかったら?」

「二度と転生することなく、一生、冥界の者として仕事を続けてやる。そう言ったな」


悪びれずに答える父に、怒りが込み上げる。


「賭けには良い条件だろう? こちらが勝てばこちらが有利になり、負ければあちらが有利になる。神々も、随分と楽しんでくれていたぞ」

「そういう問題じゃないんですよ、このッ……お馬鹿ッ!!」


あまりにも罵倒の語彙がなく中途半端になる。兄には笑われるし、幸希くんにはため息をつかれるし。なんで僕が恥ずかしくならなきゃいけないんだ。


「万が一、その賭けに負けたらどうするつもりだったんです?! 母さんまで巻き込んで……信じられませんよ、本当に!」

「負けるわけないだろ〜? だってこっちには麒麟優司ハピエン厨がいるんだから」


変なルビが見えた気がするが……ここは一旦、スルーしておこう。


「そもそも、神々もお前が永遠に不幸な状態は望んでいない。これは冥界で知ったことだが、『絶望の器』とは人間視点の名称であって、神々にしてみれば『神子』という最高傑作だ。強く、賢く、しかし争いを嫌う、優しい人間。愛されるように作られている。例え負けたとて救いの一つはあっただろう。まぁ、その場合、人の世がどうなっていたかはわからんが……」

「武瑠くんが優司さんの心の中に入った時は、拳を空高く上げて喜んでいましたよねぇ。真司さんも、光司さんも」

「流石に確定演出すぎたね。実際はシリアスな展開だったけど、こっちはテンション爆上げ」

「ふっ、当然の結果だな。計算通りだ。流石は私の従者」


腕を組み、いつもの調子で話す父に悠麒さんは舌打ちをする。


「……こんなことになるならいっそ優司を閉じ込めて、僕だけのものにすれば良かった」


ゾッとする言葉が聞こえたがここは触れないでおこう。深掘りしたらいけない気がする。


「つまり先代はこれから優司に憑き続けるってこと?」


古白さんの言葉に、兄は首を振る。


「いや? どちらかと言うと……優司のに近い存在になる感じかな」

「は?」

「基本は冥界で仕事するよ? その方が優司の負担も減るだろうし。ただ、現世で優司がもしピンチになったら、ちょっとくらい干渉させて欲しいって話」

「なんだそれ」

「過保護すぎると世界の均衡が崩れるからダメだってさ。あと、たまには冥界に遊びに来てねって。天界から会いに行くってさ。神々からの伝言。俺たちに会いに来るついでで良いから〜だって」

「めっちゃ軽くね?」

「俺の弟、愛されてるぅ〜!」


古白さんは呆れたように兄を見た。こんな軽いノリの兄で申し訳ない。


「まぁ、なんだ、優司」


父は僕の肩を軽く叩くと、


「お前は好きに生きろ。お前には、そのための力も、想いも、仲間もある。何より、私たちがついている。だから、もう何も諦めるな」


静かな声で言った。


「改めて言わせてもらう。愛しているぞ、我が息子・優司よ」

「舞衣さんとお幸せにね」

「会いに行くから、たまには会いに来いよ〜」


柔らかな光の中に消えていく三人を見送って、胸が満たされたようなあたたかさに頬が緩む。思わず、ふと笑みを溢せば、礼治さんと霧玄さんは


「この人たらしめ」

「あと神たらしな」


揶揄うような、呆れるような、二人してそんな呟きを残した。

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