回想

第?話 いつかの物語

 美しい黒髪を靡かせ、真紅の瞳を光らせて、この世のものとは思えない妖艶さを纏う女性。


「私は、私の役目を果たしましょう」


威厳を持った声で言い放つ先には、同じくらい美しい黒髪を持つ、黄金の瞳をした男性。彼は彼女の言葉を聞くと、静かに頷いた。


「貴女ばかりに苦しい思いをさせてすまない」


その手には短刀が握られている。カタカタと音を立てる刃に、二、三滴の雫が落ちる。


「……私は、貴方と出会うべきではなかったのでしょうね」


女性の一言に、彼はハッと顔を上げる。しかし言葉は出ない。何を言うべきか、迷っていた。


「それでも、私は幸せでした」


パクパクと金魚のように口を開閉する男性に、彼女は微笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。


「貴方に出会えたこと、貴方が私に会いに来てくれたこと、後悔はありません。この出会いは忌子である私の人生において、数少ない自慢でありました」


女性はそっと彼に近づくと、その手に握られた短刀を奪い取り、捨て、代わりに彼を強く抱き締めた。


「神楽さん。私は貴方を愛しています。きっと、前世でも、そして今生も、或いは来世でも」

「あぁ、私もだ。私も貴女を愛している。前世でも、今生も、来世でも」

「ふふっ、嬉しいです」


彼女の柔らかな微笑みに、彼は両目をギュッと瞑った。これ以上その笑みを見ていては決心が揺らぎそうで怖かった。


「さぁ、別れの時です。その大きな手で私を絞め殺してくださいな。人間絶望の根源を消し去る前に」


柔らかく、小さく、冷たい、色白の手が、彼の手に添えられる。その手が、ゆっくりと彼女の首へ運ばれる。


「きっと、これで終わらせよう」


言葉の割に酷く震えている彼に、彼女は小さく苦笑する。彼女は目を瞑り、彼の顔を見ることなく


「再び二人が引き裂かれるのなら。未来永劫、殺し合う運命にあるのなら。もう二度と、会うことがないと良いですね」


弱々しく、そんなことを言った。


「例えどんな運命にあろうと、私は貴女を必ず見つけ出し、会いに行きます。今度こそ、貴女を泣かせはしない。だからっ……!」


徐々に力が込められていく。彼女の首は男性の指の形に沈み、口からは微かに喘ぎ声が漏れている。


「……だから」


もう彼女に息はない。そう自覚した瞬間、彼は脱力し、彼女の胸に縋るように顔を埋めた。


「もう一度『愛している』と伝えさせてくれ。『愛している』と言ってくれ。ユウ」


返事はない。


「きっと待っているから。なぁ、ユウ」


返事はない。

 彼は、「せめて来世では愛される人に」と、彼女の髪に優しく触れ、そっと目を瞑り、彼の特異の術・慰霊の術をかけた。神々へ捧ぐ舞と共に。たちまち彼女は光に包まれて、魂は浄化されていく。

 彼はそれを見て絶望した。そしてバタバタと家に戻ると何かを書き残し、再び彼女の遺体の元へとやって来た。

 ようやく安心したかのように笑い、傍の短刀を自らの首に当て、一気に刃を引く。彼は、愛する人の横で静かに冷たくなった。



 その日、今まで二つで一つだった裏世界は、二分された。

 頭首を失った両家は、互いに憎み合うようになっていた。

 神守は人類を裏切った危険な一族だ。神楽は神守を人間として見ていない一族だ。あいつが神守の姫を殺した。あいつが神楽の坊ちゃんを狂わせた。共にいれば悲劇が起きる。


 離れろ、離れろ、離れろ、離れろ。


 こうして神守と神楽は因縁の関係となった。引き寄せられるように近づけば、片方、或いは両方が必ず不幸になる。まるで、ヤマアラシのジレンマだ。本来なら、手を取り合うべき相手だった。

 元々は、どちらも神に仕える身。それにより人類の存続を図っていた。二つで一つの一族であったのだから。

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