第70話 解放【side:幸希】

 「協力、感謝する」


霧玄さんは彼に頭を下げると、僕の肩を持ってくれた。この世界からの脱出方法は、既に把握済みなのか。


「帰る前に、もう一つ」


それをシンジさんは止める。


「私を殺して行きなさい」


その言葉を聞いてギョッとしたのは僕だけではなかった。


「まさか、そんなことできるはずが……」

「私を殺せば、あの子の心を一時的に知ることができるはずだ」

「しかし」

「案ずるな。どうせ私はまた生き返る。あの子が生きている限り、死ねない身体なのだ。あの子はどうしても一人で抱えようとするからな。すぐに復活するさ」


理性を司る者ならば。その彼を殺せば、優司は感情的になるはず。優司の心を知るためには良い案だと思う。だが、


「……真司さんは、どうなるんだ」


彼は真司さんの霊力と融合したものだ。つまり真司さんに何かしらの影響は出る。どのくらい霊力を使っているのかわからない以上、下手に彼を殺せない。


「死が怖くて神守は務まらん。それに、元より一度は死んだ身だ。もう一度死ぬくらい大したことはない」


僕の肩を持つ腕が震えているのがわかる。

 それもそうか。彼にとって、真司さんは最も大切な人だったのだから。

 どちらを取るのだろうか。今を生きる優司を取るのか、過去に失った真司さんを取るのか。

 僕がそんなことをぼんやりと考えているうちに霧玄さんは、懐から銃を取り出した。そして


「……あなたの望みは、俺が叶えます」


その言葉の後、躊躇なく引き金を引いた。

 銃声が聞こえたと同時に、彼がバタリと倒れ込む。血が流れないところを見ると、やはり、人間ではないのだと改めて実感する。でもその表情が、あまりにも穏やかだったものだから。真司さんが宿っていたことは、確かだったのだと思い知らされた。


 「行こうか」


霧玄さんは銃を懐に戻すと、踵を返して、再び歩き出した。


「良かっ、たんですか……?」


微かに声を絞り出せば、霧玄さんは一言。


「務めは果たした」


力強く、そう言い放った。しかし、その目には涙が浮かんでいる。

 光に向かって歩く彼の足取りは重かったが、それでも、足を止めることはなかった。

 時々、苦しさを吐き出すような息が漏れる。その度に、優司、と彼の名を呼んでいた。


 これが、真には優司を愛していない人間から出るものだろうか。


(やっぱり、戻ったら優司を殴ろう)


僕はそう決意して、眩い光に目を瞑った。

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