第69話 心の墓場②【side:幸希】
「なんだ、そんなこともわからないのか」
あからさまに馬鹿にされているが抵抗する気力が既にない。僕はぐわりと歪む視界から、彼の姿を見失わないようにだけ意識してシンジさんの言葉を聞いていた。
「恨んではいない。むしろ愛しているさ」
それを聞いて安心したのか、霧玄さんはホッと胸を撫で下ろした。この状況で余裕があるのが凄い。さっきまではメンタル瀕死だったのに。流石は半神。
「少しでもお前たちを恨んでしまった時、あの子は自分に恨みの矛先を向けたんだ。『自分は醜い人間だ』と。だから、死に急ぐような生き方になったんだろう。全ては、人のため。あの子の敵はいつだってあの子自身だった。他人のせいにしてしまえば楽なのにな。難儀な子だ」
少し哀しそうな顔をするシンジさん。しかし、構わず霧玄さんは質問を続ける。
「優司の本音が知りたい。結局、あいつは何を望んでいるんだ?」
シンジさんは、少し間をおいて、
「……なんだろうな」
答えにならない答えを出した。「はぁ?」と、やや怒りを含んだ声が、霧玄さんから漏れる。シンジさんは大きなため息をつくと、
「殺した想いが多すぎる。どれが望みかなんてもうわからないところまで来た」
呆れたような顔をして、そう話した。
「生きたい。死にたい。愛されたい。みんなに自分を忘れて欲しい。一人になりたい。孤独になりたくない。……全部、あの子の本心だ」
矛盾だらけの本心だ。だが、これでは
「この想いを全て殺したのか? 何も残っていないじゃないか」
霧玄さんの言葉に、シンジさんは頷く。
「そうだ、何も残っていない。だからこそ彼は流れに身を委ねた。燐火だったか? あいつに付け込まれたのはそういう背景がある。そうでなければ、神守優司は人類を滅ぼす決断なんてしない。そうだろう?」
その通りだった。僕らは、優司の限界に気づけなかったわけだ。
「……優司を救いたい。救った上で、改めて、あいつと話がしたい。どうすれば救える?」
落ち込む気持ちを霧玄さんの一言が振り払ってくれた。シンジさんは再び黙り込むと、人差し指と中指を立ててこう言った。
「殺すか、生かすか。この二択だろう」
それは、どちらにしろ救われて、どちらにしろ救われないということか。厳しいな。
「殺すなら徹底的に殺してやれ。魂が残ることすらないくらいに。そして忘れてやれ。それで彼は救われる」
「生かす場合は!?」
死ぬなんてダメだ。そんな思いだけが先行し、ようやく言葉が口から出る。が、その次の言葉は出てこなかった。代わりに吐血する。ぐわんと視界が揺れ、僕はそのまま地に顔を付けた。
「愛して、愛されてやれ。あの子が望むのは、『対等な関係』だ。特別扱いじゃない」
__あ。
今、根本的に間違っていたことを理解した。思えば、僕らはいつだって優司を対等には見ていなかった。
主と従者、神守一門と一般人。優司は常に、上に立つ者としての扱いを受けた。それ以前も守られる側にいた。家族とすら対等ではない。
『仲間外れは嫌だ』
僕らは理解していなかった。その言葉の本当の意味を。
あいつは、優司は、ただ愛されたかったわけじゃない。ただ愛していたわけじゃない。僕らと、同じ立場でありたかったんだ。
でも本人は無意識のうちに壁を作った。父の教えを受けて。それは僕らも同じだ。雲の上の人だと、無意識のうちに思っていた。
だから、優司は……。
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