第69話 心の墓場①【side:幸希】

 何と声をかけるべきか、わからなかった。隣で身を小刻みに震わせ、声を殺しながら、霧玄さんは虚を見つめていた。罪悪感に、蝕まれているのだろう。


「……ねぇ、何か言ったらどうです?」


優司の言葉に、霧玄さんは奥歯をギリッと噛み締める。


「知っていますよ。本気で、僕を思ってくれたこと。でも始めからじゃない。僕は父の代わりだったのでしょう? 父のために、僕を育ててくれた。そのうちに愛着が沸いた」


図星だったのだろうか。見開かれた瞳がぐらりと揺れる。霧玄さんの額には汗が滲んでいた。


「良いんです。それに対して、怒っていません。わかっていましたから。僕は、代わりだって」


重い空気が流れる。押し潰されそうだ。


「僕は、誰も恨みたくないよ」


小さく呟かれた、弱々しい一言。その一言に、ハッと顔を上げる。


「信じたいよ。みんな良い人なんだ。だけど、そうでない部分も見えてしまう。でも、それを見ないフリして、僕は『あなたは最高だ』って笑うんだ。寄り添う仕草を見せておきながら、本当は壁を作っている。僕の行いだって偽善に相違ない。醜い人間の一人だ。そんな偽善者の僕が、僕は大嫌い」


幼い優司にこれを言わせるのは、心苦しいものがあった。その表情は、見ていて痛々しい。


「優司……」


気がつけば、優司を引き寄せて抱いていた。


「偽善者だ、なんて言うなよ。お前は、間違いなく善人だよ。だって、お前は」


お前は僕らのことを本気で想い、愛してくれていただろう?


 言う前に、優司はパチンッと音を立てて姿を消した。

 そして、鈍い痛みが背中に響く。ビチャリと音がするかと思えば、地面に赤黒い液体が薄く張られていた。この世界の最下層に来たということだろうか。

 霧玄さんの方をチラリと見れば、まだ完全に立ち直ることはできていなさそうだが、しかしなんとか焦点は合っていた。


「大丈夫ですか?」

「……あぁ、すまない」

「あの、ここから僕らはどうすれば……」


僕の問いかけに答えたのは、霧玄さんではなく


「こちらだ。こちらへ来るがいい」


霧玄さんよりも少し低めの声の男性。声のする方に目を向ければ、今度は真司さんの姿をした何かがそこにいた。


「よくもまぁ、ここまで来たな」


彼(仮にシンジさんと呼ぶ)は、少し気怠げに笑っている。刀を手に、血のついた着物を着ているということは、彼の役割は……


「ようこそ、心の墓場へ。私は『神守優司』の理性を司る者。つまり、あの子の本音を殺して来た者だ」


不思議と、すんなり納得できた。シンジさんが疲れているということは、それだけ優司自身も本音を殺すことに疲れていたということだ。


「聞きたいことがあるんだろう? ここまで、よく耐えた。褒美に何でも教えてやろう」


シンジさんは山積みの死体の上に座ると、僕らを見下ろして言う。よく見れば、その死体全てが優司の姿をしている。


「うっ……」


吐き気に襲われて、思考を奪われる。聞きたいことならたくさんあるのに、声が出ない。気を抜くと、言葉ではなく吐瀉物が出てきそうだ。くらくらする。あ、やべ。鼻血も出てきた。


「では、聞こう」


僕と同じ条件下で、霧玄さんは頭を押さえつつも言葉を紡いでいく。


「優司は、俺たちを恨んでいたのか?」


その問いを聞いた途端、彼の口角はニィッ、と不気味に上げられた。

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