第73話 新たな一歩を【side:霧玄】
「いやぁ、大変だったねぇ」
呑気に笑う悠麒に、俺たちは苦笑する。
「本当だよ。嬉しくない貴重な体験をした」
「だが、優司の心を知ることができたのは収穫だったな」
「そうだね。ちょっと強引な方法だったみたいだけど」
礼治の言葉に、引っ掛かりを感じる。
「なんで強引だったなんてわかるんだ」
「えっ、だって優司くんの『心は見せません』っていうオーラ見えなくなっていたし、何より真司さんの気配も薄くなっていたから、僕は、てっきり理性でも殺して来たのかと」
「あっはっはっ! 流石は神楽の子、こちらについては詳しいねぇ〜」
楽しそうだな、悠麒。つまり、悠麒は始めからわかっていたわけだ。俺はその手のひらの上で踊らされていたと。
「本当に趣味が悪いぜ、まったく。恩人である真司さんの形をした、義理の息子の優司の理性を殺した時の俺の気持ちを、ぜひとも、考えてみて欲しいものだな」
「嫌だなぁ。信じていたから僕は君に託したんだよ?」
「もし武瑠がアレを殺せなかったら?」
「もちろん、優司の心の奥底に留まってもらう予定だったよ。優司が死ぬまで、ね」
「おまっ……はぁ……」
人の命をなんだと思っているんだ。言いかけて止めたのは、悠麒の案があの時は最善策だったからだ。悔しいが、仕方ない。
「ところで、これから神守はどうするの?」
手を洗いながら、礼治は問う。
「あぁ、もう決めてある」
悠麒は食材と共に数枚の紙をドンッと置いて
「契約書だ。神守と神楽で同盟を組む。無論、拒否権はないからね」
いくつか野菜を手に取ると、それらを慣れた手つきで切り始めた。リズムの良い切断音を背後に、礼治は契約書を手に取る。俺はそれを後ろから覗き込むと、ほぼ礼治と同じタイミングで顔を互いに見合わせた。
『契約書
神守、及び神楽の在り方を以下の通りに改正する。
一、神守の仕事は神々の守護、邪神・悪霊の殲滅とする。
一、神楽の仕事は人々の守護、祈祷、慰霊とする。
一、神守と神楽は互いに協力関係にあるものとする。
一、両家の友好関係の制限を解除する。
一、隠蔽を禁じる。
一、但し、神守、或いは神楽から特異能力者が誕生した場合は直ちに隔離する。対応が済み次第これを解除とする』
他にも書かれていたことはいろいろあったが、これだけでも十分に大きな進展だった。
「い、いいの……?」
恐る恐る聞く礼治に、悠麒は
「勘違いするなよ。全ては主のためだ。もし、これが主のためにならないのならすぐに契約は破棄させてもらう。常に、神楽より神守の方が圧倒的にリスクが大きいことは忘れるな。我々神守一門の命を危険に晒すならつもりならば、もちろん、お断りだ」
やや早口でそう返す。
「……え、ツンデレ?」
「そんなに殺されたいか?」
「ヤンデレだったわ」
「お前、表出ろ」
揶揄う礼治と、殺気立っている悠麒。互いに、ここまで遊ぶ余裕があるのなら、どうやら心配はなさそうだ。
ぐつぐつと鍋の水が沸騰している。
さて、ここからが本番。仕上げ作業だ。
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