第72話 対等な関係

 「どうして……」


思わず、口から言葉が溢れる。


「始めから僕らは誰も怒っていないよ。むしろ謝りたいくらいだ」


悠麒さんは僕の手を握りながら静かに言った。


「こんなにも近くにいたのに、君の孤独に気がつくことができなかったんだ。側にいるだけでその気になっていた。ごめんね、優司」


握られた手から伝わる温度。微かに震えている彼の手。陶器に触れるかのような、優しくも、力強い握り方。


「人の心は複雑だ。だから、押し殺さずに吐き出してくれ。今みたいな感じで良い。完璧じゃなくて良いんだ。君は、人間なのだから」


心にストンッと何かが落ちた音がした。


「優司」


霧玄さんに名前を呼ばれて、そちらを向く。


「よく頑張ったな。だが、頑張りすぎなくても良いんだぞ。程々でいこう。大丈夫、俺たちがいる」


なんだか、認められたような気がして。やっと報われたような気がして。それで、涙が出た。


「優司くん」


舞衣さんの優しい声が、耳を通り抜ける。


「おかえりなさい」


あぁ、その表情かおだ。その笑顔かおが好きだった。


「……ありがとう、ございます。ただいま、戻りましたっ……!」


正体不明のあたたかいモノで満たされて、胸がいっぱいだった。ふと表情が綻ぶ。

 空気が和んだところで、幸希くんが一言。


「よし、そろそろ良いよな」


「何が?」と言おうとして、


__ゴッ


力一杯に殴られた。それはもう、歯が折れたかと思うくらいに。


「……えっ?」


一瞬、何が起きたのかわからなかった。右頰を押さえながらフリーズする。


「お前の心に気づけなかった僕らも悪い。けど本心を隠したまま、結局爆発して、自暴自棄になったお前も悪い!」


幸希くんは断言すると、スッと腰を下ろし


「僕らは友達だったはずだろう。友達ってさ、困った時はお互い様な関係じゃないの? 僕はずっと待っていた。お前が相談に来るの。でも来なかった。それでいつのまにか遠くに行ってしまっていて、声も届かなくなって……。その時の僕の気持ち、わかる?」


呆れたような口調で、そんなことを言った。


「僕らも確かにお前のことを上に見ていたさ。だってお前スゲェし。でもそれだけだ。別に、『対等な関係でいよう』って言ってくれたら、こっちも気兼ねなくそういう関係でいられた。結局、お前は僕らを信用していなかったんだ。従者の五人や神楽家に対しても、無意識に下に見ていたんだろう? そう、教育されたから。お前が壁を作っていたんだよ。なぁ」


もはや返す言葉もない。その通りだった。


「今、僕はお前の友達としてお前を殴ったぞ。お前の心の壁を壊した。これでおしまいっ! もう明日からだ!」


殴られた右頰は痛むけれど、心の傷は癒されたような気がした。こうして、叱ってくれる人がいるのはありがたいことだと実感した。


 「さて、これで一件落着だね」


礼治さんは立ち上がると、霧玄さんと悠麒さんを手招きした。それに、二人は笑顔で応える。そして、礼治さんはこんな言葉を残して、家の奥へと三人で消えていった。


「夕飯の準備をしてくるよ。優司くんの無事な帰還を祝って、ご馳走にしよう。各自、お家の人に夕飯不要の連絡を入れておくように」

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