第64話 神守一門の再生②

 __十年前


 よく晴れた冬のこと。その日は、乾いた風が穏やかに吹いていた。

 僕は武道くんと留守番を任されていて、学校からの課題に取り組んでいた。

 ふと、武道くんからこんなことを聞かれた。


「優司くんってさ、試練は受けたの?」


突然の質問に驚いたが、素直に答える。


「受けましたよ。神守の試練を」

「どんな感じのやつ?」

「地獄巡りみたいなものです。この世のあらゆる絶望を見て、受け入れるんです。僕は、最後まで耐えられなかったんですけど」

「へぇ。やっぱ甘くないよなぁ」


武道くんは鉛筆をくるくる回しながら呟く。


「オレは、できるかな」


それが何を指すのかはよくわかっていた。彼は玄武になるための試練を受けようとしている。霧玄さんから、後継者になるように言われたのだろう。


「父さんより強くなれば、優司くんといられる時間が長くなるんだろ?」

「仕事で、ですけど、そうですね」

「玄武の試練ってどんなやつなんだろう」


内容はわかっていても、答えられない。僕は、しばし沈黙した。


「あ、そうだ!」


武道くんはどこかへ走っていき、古い木箱を手にして戻ってきた。


「練習しようよ! これ使ってさ!」

「これは?」

「父さんの訓練道具! なんか模擬戦ができるらしいよ」


にわかに信じがたいものだったが、好奇心と、「強くなりたい」という想いが僕らを動かす。

 僕らは木箱をそっと開けると、箱の中から、勢い良く飛び出してきたものに言葉を失った。


 __あぁ、無知とは恐ろしい。


 思い出した。僕の父も似たようなことをしていた。

 式神とは別に、悪霊や邪神を箱に閉じ込めることがある。手のつけようがないものを、することが。

 この木箱はまさにそれだ。箱。開けてはいけない。もし、開けたら……。


 黒い霧をまといながら、悪霊が飛び出す。僕らは逃げることに必死だった。咄嗟に霧玄さんを呼ぶことすらできなかった。そもそも頭になかった。

 しばらく逃げ回り、ようやく冷静になれた時。僕はやっと従者を呼び出すことができると思い出した。


「玄武!」


咄嗟に彼を呼ぶ。しかし、彼が現れた時には、既に武道くんが怪我をしていた。一瞬の出来事だった。

 霧玄さんは声を出さずに驚愕していた。その間に、僕も薙ぎ払われて遠くまで飛ばされた。


「主……ッ!」


子どもの体は脆い。壁に打ち付けられ、意識が朦朧とする。ズキズキと痛む頭と背中。口の中には不快な鉄の味。腹に触れれば頭が増して、動こうとすれば足がぶらりと揺れる。


「ごめ……なさ……と、ぉさん…………」


武道くんは泣きながら床を這っていた。それを父親はどう見ていたか。当時の僕には、到底、理解できなかったが


「彼を、助けてください……!」


彼の仕事が『主を守ること』であることだけはわかっていたから。僕は霧玄さんに自分の息子を助けるように指示した。出せる限り声を振り絞って。

 これは僕の責任だ。僕がしっかりと仕事内容を把握していれば防ぐことができた事故。僕の怠慢が引き起こした事故だ。罰を受けるのは僕一人で良い。

 しかし彼は迷っていた。その間に、武道くんは言う。


「ぉれを……す、てて……ッ!」


彼もまた霧玄家の者だった。主を第一に。その教えが染み付いていた。

 霧玄さんはハッとして動き出した。


「ごめんな、武道。ごめんな……!」


苦しそうな顔をして、僕の方に向かってくる。


「嫌だ……やめてください……ッ! 玄武! 彼が、武道くんが……!!」


必死の訴えも虚しく、目の前で武道くんが文字通り破裂する。

 血の雨が降り注ぎ、僕はその時のショックで意識を手放した。


 どうして。


 毎回、僕だけが助かってしまう。僕のせいで僕の周りが不幸になって、当の僕は生き残ってしまう。

 本当は霧玄さんだって武道くんを助けたいと思ったに違いない。本当の息子を犠牲にして、他人の息子を守るなんて、どれだけ苦しいことだろう。

 僕のせいで霧玄さんを苦しめて、僕のせいで武道くんは死んだ。


 神様、これが僕への罰だと言うのですか。

 あんまりです。

 地獄より、地獄みたいな人生なんて……。

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