第64話 神守一門の再生①

 あんなにも恐ろしいことが起きたのに、僕はあの日のことを少しずつ忘れていった。ただ、しっかりと覚えているのは家族の死に様。それ以外は、ぼんやりと、炎の中に消えた。

 だからだろうか。僕はいつしか、炎や刃物、肉を見るのが怖くなった。そのせいで、料理もできなければ食べることもままならない。何か得体の知れない恐怖に蝕まれ、泣きながら日々を過ごしていた。


 神守一門の解体。


 戦う力もなければ人を束ねる力もない。己の生きる力すら危うい状態で、神守一門の統率を取ることはできないと判断した僕は、悠麒さんに頼み込んで従者たちを解放してもらった。

 もはや他人となった僕のことなんて、誰一人気にしないはず。そうして、ゆっくりと、衰弱死していくのだ。そう思っていた。

 しかし、まだ神守家の戸を叩く人がいた。


 その人の名は、霧玄武瑠。僕の養父になった男である。


 彼の用件はこうだった。


「真司さんに代わり、今日から俺がお前の面倒を見ることにする。お前は俺の養子になるが、形だけだ。お前を霧玄にはしない。お前は俺の元で自由にすると良い。そのまま俺の子どもとして静かに生きるも良し、神守としての活動を再開するも良し。お前を守りはするが、縛りはしない」


以前から知っている、父の友人であり、従者。そんな彼が何故、わざわざ僕に気を遣うのか。皆目見当もつかないが、彼もまた父。父なりに考えがあるのだろう。


「君はまだ子どもだ。人の世で生きるのなら、保護者は欲しいだろう。霊体の僕には無理な話だから助かるね。僕は彼の意見に賛成するよ」


悠麒さんの言葉が、決め手となった。僕は彼に頭を下げると、そのまま彼について行った。

 霧玄家に着いて一番始めに言われたのは


「おかえりなさい、!」


彼の実の息子・武道くんは、僕をそう呼んだ。


「おかえりなさい。あなた、優司くん」


彼の妻・優美さんもまた、「おかえりなさい」を口にした。


「……お邪魔します」


頭を下げれば、武道くんは不思議そうにこちらを見て


「家族なのに『おじゃまします』は、ちょっと変じゃない?」


僕の手を引いて、「行こう」と家の中を走って行った。


 そこから、僕は霧玄家の一員としての生活を始めた。

 嘘で固められた幸せに浸って、僕は満足していた。

 本当は、彼らと共にあるべきじゃなかった。


 あんな悲劇を、もう一度引き起こしてしまうくらいなら、いっそ死んだ方が良かったのだと今になれば思う。


 今から十年前、事件は起きた。


 霧玄さんに、彼の実の息子を殺させた、最低最悪の事件。

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