第63話 神守家の崩壊①
その夜は、酷く寒かった。冷たい雨が降り、強い風が窓を叩いていた。
「父さん、大丈夫ですかね……」
「きっと大丈夫ですよ。今日は古白さんと一緒らしいですし、何も心配ありません」
「怪我については心配なさそうだが、この雨に降られて風邪引く可能性の方が高いな」
「そう思って、今日の夜ご飯はお鍋ですよ」
「マジ!? やったー!!」
はしゃぐ兄の隣で、僕は窓の外を見つめる。
「そんなに主のことが心配かい?」
パッと現れた悠麒さんに驚くこともなく、僕は静かに頷いた。
「胸騒ぎがします。不吉な予感が、すぐそこに」
「やっぱり? 僕もだよ」
僕が言えば、悠麒さんも同意する。
「ただ、ちゃんと無事なんだよね。我が主は」
彼の目線の先に目を向ければ、ガチャリ、と扉を開く音が鳴った。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「おかえり〜」
家族の声が飛び交う。
「ただいま、優司。大丈夫か?」
「おかえりなさい。大丈夫です」
「そうか? それなら良いんだが」
僕に触れる大きな手が、今は少しだけ怖い。
「さぁ、ご飯にしましょう。優司も悠麒さんも早く席へ」
母に促されるがままに食事をする。家族揃って食事というのは嬉しいもののはずなのに、恐怖が喉に詰まったようで苦しい。
「優司?」
兄に名前を呼ばれ、ハッとし、笑って誤魔化す。珍しく「早く終われ……」と願うばかりの夕食だった。
この胸騒ぎの正体は、すぐにわかった。
いや、理解させられた。
夜中、目を覚ますと、扉の向こうからは光が漏れていた。目を擦りながら光の方へ向かって行くと黒いビー玉サイズの球体が落ちている。父の落とし物かと拾い上げれば、その刹那、『バチンッ!』という大きな音が耳を潰した。目の前も真っ白になり、体は電流が流されたかのような感覚に陥る。
そこからの記憶は何もない。
気がつけば、家が燃えていた。瓦礫の下敷きになった兄と、涙を流した状態で胸を貫かれていた母。そして、人の形を保つことすらできずバラバラに散った父であったはずのもの。僕は血と
満身創痍の悠麒さんに、「ごめんね」と泣きながら抱きつかれ、家族が死んでいる、という事実を次第に自覚していった。
悠麒さんは例の黒い玉を簡単に握り潰すと、状況を教えてくれた。
「君の家族は殺された。君が手にしたのは神の魂だったんだ。その神が、君を利用して真司を殺した。君の家族を守れなくて、ごめん」
不思議と涙は出てこなかった。
「謝るのは、僕の方です。すみません」
気がつけば、無意識に、近くにあったガラスの破片を手にしていた。
「すみません、本当に、すみません」
このまま僕も死んでしまおう。手にしたものを首に当て、力の限り押し込もうとした時。手の中で、それは粉々に砕けた。何故砕けたのかは嫌でもわかった。近くに、父の気配があった。とても生きた人間のものではない。不確かな、しかし力強い気配である。
「どうして!!」
ここで、ようやく涙が感情に追いついて来た。暴れ出す僕を必死に押さえ込み、悠麒さんは、「ダメだ、主、ダメだ、落ち着け」と繰り返し訴えていた。それでも止まることはできない。止まり方がわからなかった。
「どうして、僕だけ……僕だって神守の一員であるはずなのに……僕だけ……いつも仲間外れじゃないか……」
心の底から出た思いだった。戦う力がないから戦場に立つこともなかった。この先もきっと、神守としての役目を果たすことは、僕には到底できない。終わったのだ、何もかも全て。実に無責任な話ではあるが、従者の五人になんとかしてもらうしかない。
「……死にたかった。家族と一緒に、神守優司として」
情けない僕を見て何を思ったのか、悠麒さんは僕の頭を撫でながら
「僕がいるよ。僕が君を一人にはしない。僕が君を守るから。だから、もう、死にたいなんて言わないでくれ。君の命は君が思っている以上に尊い。失いたくないよ、僕は」
僕の体を抱き上げ、外へと出て行った。
目の前で家が崩れ落ちていく。未来が、崩れ落ちていく。
わかっていたはずだった。胸騒ぎがした時に気がつくべきだった。逃げるべきだった。戦う力はなくても、予知する力は与えられたのに。後悔ばかりが黒煙のように広がっては、呼吸を奪っていく。
僕は、あの炎を忘れたことはない。
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