第58話 解呪①

 「燐火……」


あってはならないことが起きた。神が、人間に負けた。跡形もなく、そこにいたはずの神が、消滅している。この戦いの筆頭とも言える彼が死んだ。


「はぁ」


深いため息を漏らさずにはいられない。これで恐れていたことが現実になった。ここから先は僕の手腕にかかっている。もし、たったの一歩でも間違えたのなら、神も人間も関係ない、『戦争』どころか『デスゲーム』が始まる。


「大将の首を取れば終わりなどと、考えが実に浅ましい。だから嫌なんですよ、お坊ちゃんの後始末は」


神楽秀治を睨みつければ、彼は硬直する。


「ほら、そちらの大将を出しなさい。代理戦争を始めましょう」

「いないよ。どっちも戦闘不能だ」


僕に応えたのは麒麟だった。


「神楽家頭首は朱雀と白虎が、神楽舞衣は僕がやった。それに神楽秀治は青龍が神守側に引き摺り込んだ。この戦いは、終わったよ」


平和ボケしてしまったのだろうか。麒麟まで、甘いことを言う。


「終わりませんよ。彼らの気が済むまでは」


一度目を伏せ、もう一度ゆっくりと目を開く。僕の後ろには、何百の神が四人を睨んでいた。


「引き返すにはあまりに遅すぎましたね。さぁ選びなさい。共に戦うか、或いは死ぬか」


麒麟は苦笑すると、「戦うよ。君は僕の主だ」とこちら側に戻ってきた。相変わらず自由人で困る。


「あなたたちはどうします? 最後のチャンスですよ」


青龍が「僕は……」と言い淀んだところを玄武は遮る。


「断る」


頑固なところは変わらないようだ。


「お前を含め、俺の家族を殺させはしない」

「左様ですか」


僕は拳銃を手に、彼に銃口を向ける。


「では、そちらの大将はあなたということで」


そしてそのまま一発だけ弾を放ち、札を取る。簡単に銃弾を避けられるが、バランスは崩している。そこを狙い、霊力の塊をぶつける。


「人の子に、裁きの鉄槌を!」


僕の一言で、神々が動き出す。燐火の言っていた通りだ。神守の力が戻っている。僕が何かするまでもない。神々の怒りが彼らを飲み込む。


「大胆だねぇ」


麒麟はそれを眺めながら呟いた。


「玄武ばかり集中攻撃するけど、玄武のこと、嫌いだっけ?」

「まさか。こうなる前までは、大切な仲間だと思っていましたよ」

「いつから?」

「いつ、から……?」


言われてみれば、思い出せない。玄武は麒麟と同じくらい僕のそばにいて、ずっと気にかけていてくれて、大好きだったはずだ。それなのに敵になったのは何故? いつから?


「……え?」


よく見れば、玄武の隣の人間も見覚えがある。だが、名前が出てこない。何故? 誰だ?


「さぁ、出番だよ」


麒麟が人間の背中を押すと、人間は少し困ったような顔をしながら僕の手を握る。


「優司、またみんなで夏祭りに行こう。いや、場所なんてどこでも良い。僕らは、お前を待ち続けるから。だから、戻って来いよ」


繋いだ手から、熱が伝わる。それを実感した、その刹那


 __バチッ


 電流が走るような痛みが、全身を駆け巡る。


 そして、全て思い出した。


「幸希、くん……?」


彼が、自分の友人であること。そして、自分が何をしてしまったのかを。

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