第53話 お嬢【side:悠麒】

 正直に言う。お嬢は弱い。この戦いは、退屈にも思える。


(これが人類の希望とは……あまりにも弱い。着実に滅びへと向かっているということか? それにしても……)


長考の末に辿り着いた答えは一つ。


「……お嬢、さては戦いから逃げていたね?」


動きが一瞬だけ止まる。図星か。


「呑気だねぇ。父上はさぞかし君が大切だったらしい。まぁ、その結果がコレなのだから本末転倒ってやつだろうけど」


少し煽ればすぐに怒る。都合は良いが、呆れてため息が出る。


「口だけは達者だったみたいだね。要するに、君は責任から逃げていたわけだ。これは確かに人類の代表に相応しい! それっぽい言葉だけ述べて、行動にまでは至らない。現代人の写鏡そのものだ」


はい、また怒った。


「『全てに逆らう覚悟』だっけ? 今のところ流されるままだけど、何に逆らっているの?」


完全に我を失っている。箱入り娘というのも、困ったものだ。感情がコントロールできないのなら、強くならなければならない。弱いのなら感情くらいはコントロールしなければならないだろう。そのどちらもができる者こそ戦士だ。どちらもできないのなら、話にならない。今のお嬢は下手すれば武道を習う一般人より弱い。

 軽く小突いてやれば、簡単に地面に寝転ぶ。手間がかからないことは良いことだが、遊びもままならない戦闘は実に面白くない。それに、これが我が主の妻になろうとした人間ならば、なお悪い。小夜の方が精神力は高かった。


「弱い」


しまった。つい口から溢れた。お嬢は見るからに震えている。これでは使い物にならない。


(利用できるものは利用したかったが……)


今のお嬢が主を救えるとは思えない。玄武たちがどれだけ主をこちらに引き戻せるかが勝負になりそうだ。


「一つだけ確認したい」


この問いに対する答えで決めよう。生かすか、殺すか。


「君は今も彼を愛しているのかな?」


お嬢は唇をキュッと噛み締めると、小さく


「愛している……愛している、けど……」


歯切れ悪く呟いた。


「どうしても、離れないの。殺さなきゃって、思いが……」


まぁ、そうだろうな。


「だから殺すって? 随分と安直だな」


思わず苦笑してしまう。しかし彼のことをまだ愛しているのなら殺すわけにはいかない。


「まぁ、いいや。これで勘弁してあげる」


僕は彼女の頭を掴むと、数秒待ってから離す。


「暗殺者時代に使っていた呪いだ。主を殺そうとすれば、動きが止まる。これで君は彼を殺せない」


僕が説明してやれば、安心したように笑うものだから。それに対して安堵する自分がいたのも事実だった。


(甘いのはどっちだよ、ってね)

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