第52話 越えられない壁【side:波青】

 「君一人で何ができるって言うんだよ」


嘲笑にも取れる余裕の笑みを浮かべて、例の神は言った。


「勝手だよねぇ、人間って。今更、何? 彼を捨てたのはお前たちだろう? 違う奴の手の内に渡った瞬間、やっぱり返せって? おいおい冗談だろ?」

「捨てた記憶はありませんよ。奪われたのです。奪われたものを取り戻すのは別におかしなことではないでしょう」


私が返すと、神は怒りをあらわにした。


「忌々しい……!」


神は青い炎をこちらに向ける。なるほど、属性は炎か。相性が悪い。


まがい物の分際で、神になったつもりか」


攻撃を防ぐことで手一杯だ。なんとか近くまで行けたとしても、剣が届くことも、毒草で縛ることもできない。流石は上級。一筋縄ではいかない。


ひざまずけ。人間が我らに勝とうと思うこと自体が烏滸おこがましい。そもそも貴様ら人間は我々を誤解している」


緩やかにペースを上げている。対応が厳しい。


「神は人間の奴隷ではない。何の代償もなしに願いを叶えてもらえるとでも? 笑止。願いを叶えたければ魂を差し出せ。極上の魂を!」


言っていることは間違っていない。だが、


「言う相手を間違えていますね」


私はこの身と魂を差し出して青龍の加護を得た人間。代償については心得ている。


「そこまでおっしゃるのなら、よろしい。私の覚悟をお見せしましょう」


この身の内側、奥深くに眠る青龍を呼び起こす。それに応えるようにして、ピキッ、と顔に鱗が浮かび上がる。


「確かに人間は強欲です。否定しません。自分の欲のためなら他者すら利用します」


私もその一人だ。今も、何人もの人を利用している。


「神でさえも、利用してやりますよ。この命と引き換えに……!」


心の中で、彼と契約を結ぶ。


(求めるは勝利、対価は私の全て)


体が煮えるように熱くなると同時に、彼の声が脳に響く。


『承った』


交渉は成立した。これで、ようやく対等に戦うことができる。

 私は深呼吸をすると、刀を強く握りしめた。共鳴している。私と、青龍が。


「お前……まさか、自分を売ったのか!」


霊力の高まりと共に、神は早口で叫ぶ。相当、焦っているようだ。


「何故そこまで……一度は捨てたくせに……」


ぶつぶつと呟く神に、思わず笑ってしまう。私は何度も言っているだろう。「捨てたつもりはない」と。誰が愛しい主を捨てるものか。私は彼のためなら何でもできる。


「すみません、私、強欲ですから。一度守ると決めたものは守り抜く主義なんです。それに、『越えられない壁』ほど、越えたくなるんですよね」


「絶対に人間は神に勝てない」と言うのなら、勝ってみたいと思うのが剣士の性。過去に実績があるのなら、尚更だ。それに万が一が起きたとしても、私には奥の手がある。


「お待たせしました。始めましょうか!」


私は口角を上げると、すぐさま反撃を始めた。

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