第54話 記憶

 「お話しすることはありません。裏切り者は始末します。心配せずとも、抵抗さえしなければ優しく葬って差し上げましょう」


顔には出さないようにしていたが、心のどこかでは、何かが引っかかっていた。余程のことがない限り従者は主に逆らえない。そういう契約を交わしている。それに、自慢にはなるが僕の従者は優秀だ。分析力・判断力に優れている。リスクを冒してでも仕事を放棄するということは、相応の理由があるに違いない。けど、


(何故、ここまで……)


記憶が正しければ、玄武はまだ人間だったはずだろう。何故、ほぼ完全な神になっている? 神になっているのなら、この戦いではこちらに味方しても良いはずだ。何故、ここまで人間の肩を持つ?


「……妻子の命が惜しい、と?」


推測してみるが、玄武は答えない。


「腑抜けた従者を持った覚えはないのですが」


この言葉に、ようやく彼は口を開く。


「解釈が違うな。俺は大切なものを全て守ると決めたんだ。一つも取り残さない。玄武の名にかけて」


……これは面白い。感情の昂りが霊力を乱し、膨大な霊力の乱れは彼の精神を傷つけている。即ち、今の玄武は昔より弱い。人間にも神にもなれない、まさに半端者だ。半端者の分際で、まぁ大口を叩くこと。


「安心しました。やはり人間は利己主義です」


彼はまだ、『玄武』になったばかり。その力を完全に使いこなせているわけではない。勝機は、十分にある。


「神守とは、神を守るための一族。神に仕え、その身を神に捧げる」


僕は札を数枚取り出すと、天高く投げる。


「名誉ある仕事です。表向きは」


札は鈍い光を放ちながら、人の形を作る。


「要するに、人柱なんですよね。人間が健やかに暮らせるようにするための、生贄です」


完全に人の形になった時、彼らは目を大きく見開いた。


「あなたたちが僕を神にしたのです。何の代償もなしに、祈りが届くはずないでしょう?」


無理もない。それは、従者の形をしていた。


「お望み通り、みんな楽にしてあげますよ」


神々が教えてくれた、僕の能力。微かな霊力で大量の魂をコピーし、式神として、使役する。罪深い魂ほど重い。つまり、魂の持ち主よりも強い式神ができる。


「この世に、一度も罪を犯したことのない人間なんて存在しません。故に、あなたが僕に勝つことは絶対にあり得ない」


全員を攻撃に回す。それぞれが放つ、全てを飲み込むような闇が彼を襲う……はずだったが。


「本当に、忘れているんだな」


彼は軽く式神たちをあしらうと、そっと僕の方へと歩み寄ってきた。


「それとも、わざとか?」


訳がわからない。今起きていることも、玄武の言葉の意味も。


「俺たちの魂は元より俺たちのものではない。幼少期の魂をコピーしたところで、相手にならないだろうさ」


玄武は僕の目の前まで来ると、そっと微笑む。じりっと後退りしようとするが、完全に逃げることはできない。その目が、離してくれない。


「主はいつでも一人の『人間』として俺たちを扱ってくれたよな。でも、俺たちは人間でも神でもない。お前と同じ、何にもなれない、中途半端で、哀れな生き物だよ」


腕を掴まれ、抱き寄せられる。その腕の中は、火傷しそうなほどに熱くて、胸は刺されたかのように痛かった。

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