第47話 無力だからこそ①【side:古白】

 「なぁ。いい加減、彼女を構ってやれよ」


事前の連絡もなく勝手に家に上がり込んできた友人を放置していたら、彼はぶつぶつと小言を言い始めた。


「それどころじゃねぇんだよ。そもそもオレは『恋人より仕事を優先すること』を前提に付き合っている。それでこの関係が嫌になるなら、そこまでだろ。その後のことは知らねぇよ」

「最低」

「悪いが最優先は仕事だ。優司オレの心臓がそこにある」

あおいちゃん、可哀想に」

「なんとでも言え」


構わず鍛錬を続けていると、


「……お前がやる必要もないんだろ?」


れんは静かに言った。


「あ゛?」


思わず手を止め、彼を睨む。


「お前、大学生じゃん。命懸けの、危ない仕事なんだろ? 仕事には、大人もいるんだろ? だったら、お前が行く必要もないじゃん。力のある大人に任せれば良い。なんでそこまでする必要がある。まだ二十歳になったばかりの男に何ができるんだよ」


心配してくれているのだろうが、その一言は、オレの怒りのツボを刺激した。


「何ができるかわからないからこそ、こうして鍛錬に励んでいるんだろうが……ッ!」


相手は一般人だというのに手が出そうになる。怒りを必死に堪えながら、オレは近くにあった丸太に八つ当たりした。丸太はメキメキと音を立てながら、その体に風穴を開ける。


「……あの日、オレは誓ったんだ。必ず、優司を守ると。オレより年下の男だ。あの子ばかりが不幸になってはならない。それに」


脳裏をよぎったのは、大鳳の姿だった。


「オレより年下の女も共に戦っている。そんな中で、オレだけが安全な場所で怠けてはいられない。戦う力がある限りは、オレも戦いたい」


 思えば、オレたちは当初やる気がなかった。先代の頃からの従者である霧玄と悠麒だけが、必死に主を守ろうと戦っていて、オレたちは、適当にやっていた。才能を持て余した波青と、まだ戦える年齢ではなかった大鳳、そして弱いオレ。まだ六歳だった幼い優司の部下になれ、というのは、プライドが許さなかった。

 しかし、オレたちを解放し、その身を神々に預けると優司が言った時、それだけは許せないとも思った。じいちゃんから、それが何を意味するのかは聞いていた。だからこそ、咄嗟に「それだけはダメだ」と思えた。家族を失った年下の男の子が生き地獄を味わうなどあってはならないことだ。寝覚めも悪い。自分が苦しむよりも嫌だ。その一心で、オレは優司にしがみついた。

 自由にしろと言うなら、勝手にお前を守ってやる。そんなことを全員が思ったからだろう。いつの間にか、神守一門は再建を果たした。

 そうだ、あの頃から優司は何も変わらない。自分の命を簡単に差し出す。人のために、生きている。自分の欲は殺し、出すことはない。オレはそれが気に食わなかった。だからこそ、強くなりたかった。彼に頼られるほど強く、彼から弱みを見せてもらえるほど強く、彼を最後まで守り切れるほど強くなって、いつかの、本当の笑顔を取り戻したかった。


 「無力だからこそ行動するんだ。やらなきゃ失うばかりだ。何も生まれない」


ぎゅっと拳を握りながら言うと、背後から、「よく言った」という声が聞こえて、蓮の姿が消えた。よく知っている声の方に視線を向けると、そこにはじいちゃんが立っていた。


「鍛錬が必要なんだろう? どれ、付き合ってやろう」

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