第46話 利害の一致②【side:波青】
坊に連れられ、神楽家にやってくる。
「通して。僕が招待した人だ」
彼のおかげで、難なく、神楽家の屋敷内に入ることができた。式神にはだいぶ警戒されているが……まぁ、良いだろう。
「姉ちゃーん!!」
ここから先は、一般的な家庭の風景だった。弟が姉を呼び、バタバタと家を走り回る。特訓で疲れているだろうに、元気だ。若さとは、実に素晴らしい。
「まったく、何を騒い……」
弟に呼ばれて姿を現した姉は、私を見るなり、石像のように硬直した。
「……なんで、あなたが」
「坊と同盟を結びました。今日は、その同盟にあなたもいかがかと勧誘に参りました」
「同盟?」
お嬢は少し困惑していたが「立ち話もなんだ」と談話室に誘導した。
改めて、私の方からざっと説明をする。お嬢は半信半疑で私の提案を聞いていた。私が答えを迫ると、彼女はしばらく黙り込み、終いには
「わかりません」
と、見当違いな答えが返ってきた。
「私が聞いているのは、優司くんを救いたいと思っているのか、殺したいと思っているのか、という二択です。わからないとは?」
やや腹を立てながら、お嬢に問いを返す。すると
「救いたい気持ちは確かにあるんです。しかし、同時に、『殺さなくては』と思う自分もいるのです」
なかなかに面倒な回答が来た。
「なるほど。では、交渉決裂ですね」
私は立ち上がると、刀を抜いて彼女の首の真横に刃を置いた。驚いて坊が立ち上がるが、私がそのまま首を斬ろうとはしていないことを悟ると、静かに立ち尽くす。そして、息を呑んで私の次の行動を警戒しながら見つめていた。一方でお嬢は目を大きく見開いたまま動かない。少し唇は震えていたが、私に、敵意を向けることはなかった。
「やはり神楽家の娘ですね。やることが
お嬢の額に、汗が浮かぶ。私は大きなため息をつくと、冷たい視線を向け
「えぇ、良いですよ。あまり期待していませんでしたから。別の策でいきます。あまり使いたくない手段でしたが、やむを得ません」
少し微笑んで、浅く首に傷を入れ、そのまま刀をしまった。お嬢は一気に脱力して、その場に倒れ込む。それを坊は咄嗟に支え
「別の策……?」
私の言葉に疑問を浮かべた。
「全て、なかったことにします。優司くんの記憶を消すんです。何もかもを捨てて、彼には新たな人生を生きていただきます。一生、安全な籠の中で暮らしていただくのです。彼の世話は、我々が引き受けましょう」
そう言い残し、帰ろうとする私に、坊は背中に声をかける。
「記憶を消すって、優司くんは、僕のことも、姉ちゃんのことも、友達のことも、師匠たちのことも、全部忘れてしまうってことですか? そんなの……そんなの、良いんですか?!」
私は足を止めると、顔だけ彼の方に向けて
「仕方ないでしょう。そうしなければ、人殺しとしての人生を歩むしかないのです。現実を見なさい。選択を
そのまま、自宅に向かった。
しばらくして、遠くから声が聞こえる。
「師匠!」
坊は必死に走って、私の後ろをついてきた。
「僕は、諦めませんから。あなただって、そうでしょう? 優司くんを、諦めていない。僕も連れて行ってください」
歩みを止めずに、私は言う。
「神楽家を裏切るのですか?」
すると、少し間が空いて
「……捨てる勇気も必要なんでしょう?」
そんな言葉が返ってきた。なるほど、意外と男である。優司くんは実に幸せ者だ。素晴らしい後輩から
「夕飯、何にします?」
彼の隣を、少しゆっくりめに歩き始めた。
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