第45話 覚醒①【side:悠麒】
__あの山に戻らなくては。
僕の勘が、物語の進展を告げていた。恐らく僕の中に眠る麒麟が僕を導いているのだろう。確信は何もないというのに、「山に戻る必要がある」ということが頭にあった。
結論から言えば、勘は正しかった。
「玄武殿、俺を選んでくれませんか?」
山に着いたとほぼ同時に、玄武……いや、霧玄武瑠が玄武そのものに、自分を半神にするよう頼み込んでいた。
「少し前の試練よりも、苦しい思いをするぞ」
定型文なのか、当時、僕が麒麟に言われたことと同じことを言われている。僕は何も言わずに霧玄を少し遠くから眺めていた。すると、彼は迷うことなく
「構いません」
最後に会った時とは別人の男が、そこにいた。確かに選択肢として与えたが、本当に僕と同じ存在になるとは思わなかった。彼には掛け替えのない家族がいる。大切な人と同じ時を過ごすことができない苦しみは理解しているはずだ。僕の姿を見てきたのだから。そして、真司の死で深く傷つくような人だったから。それでも
「俺は、全てを守る力が欲しい」
その命を、守りたいものを守るために使えるというのなら。強欲にも全てを守りたいと。傲慢にも神に勝ちたいと。そう思っているであろう彼の姿を見て、
「よかろう」
霧玄一族が守護者の一族であるように、彼らの戦いが守ることに特化しているように、そして玄武の力が『盾』であるように、玄武は「守りたい」という想いに応える神獣。玄武は霧玄に触れると、そのまま、吸い込まれるように彼と一体になった。
途端、霧玄が苦しみに喘ぐ。痛いほどわかる苦痛だが、僕には何もできない。その苦しみの先には更なる絶望が待っている。だが、それを望んだのは彼自身だった。
頭が締め付けられるように痛いだろう。目が抉られるように痛いだろう。視界は、ぐわり、ぐわりと揺れているだろう。キィーンッというノイズが鳴り響いているだろう。喉は乾くし、焼けるように痛むし、呼吸ができなくて苦しい状態。心の臓は鼓動を乱雑に早足で刻み、熱はあるのに酷く寒い。内臓がすり潰されて、掻き混ぜられるような感覚。
忘れもしない。人間が神と同化する、ということは、そういう試練を乗り越えなくてはならなかった。それを、僕は、強制的に……。
思い出したくもないことを思い出していると
「彼に嫉妬でもしましたか?」
朱雀は大きな羽で僕を包み込みながら、意地悪に笑って聞いてきた。
「誰が嫉妬するか。何に嫉妬すれば良いんだ」
僕が答えれば、朱雀は羽をしまい、人間の姿になって
「自分の意思で神になる決断をした、その心の強さ……ですかね?」
もう一度、ニヤリと笑って見せた。その笑顔に腹が立って顔面を殴ろうと拳を握る。が、
「ほら、彼が覚醒しますよ。仲間でしょう? 見届けてやりなさいな」
肩を掴まれ、くるりと霧玄の方を見せられる。確かに、そろそろ試練が終わりそうな様子だ。
(あの子どもが、本物の“玄武”になるのか)
気を失いかけている霧玄を見ながら、ぼんやりと呑気なことを考えていた。無意識に喉を酷使しているせいで、叫び声には全て濁点がついている。
僕は、そんな哀れな人間だった男の前に立つと、小さく、一言だけ呟いた。
「死ぬな」と。
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