第44話 父親②【side:霧玄】
優美の一言にハッとする。今の俺はどちらも選んでいない。それは、どちらも捨てることを意味しているようにも思える。
「子どもを簡単に殺さないのなら、あなたは、きちんと父親ができているわ。子どものことで葛藤している。それが父である証拠。優司くんだって完全に救えないわけじゃないでしょう。詳しい事実は知らないけど、彼のことだから、溜め込みすぎたのね。疲れてしまったのなら、ストレス発散させてあげれば良いじゃないの。子どもの後始末は親の役目。否定せずに、受け止めてあげたらどうかしら?」
簡単に言うが、世界規模の話だ。優司が
「優司を追い詰めたのは俺だ。今更、向こうが俺に想いをぶつけてくれることなんて……」
彼を追い詰めた行動に心当たりがあった。彼の信頼を裏切ったのは、紛れもなく、俺だった。
「歩み寄るのと、始めから諦めるのでは、全く違うわ。試す価値はある。それに」
彼女は俺の顔を両手で掴むと、目線を無理矢理自分と合わせて
「何事も、想いが大切。想いがあるから、それを伝えたから、人は繋がる。そうでしょう?」
いつかの優司と同じことを言ってきた。
「……ははっ、そうかもな」
それを言われると惨めに足掻きたくなる。どうしようもない現実に立ち向かいたくなる。その行為がどれだけ愚かなのか知りながら、俺は、希望を見てみたいと思ってしまう。
「敵わないなぁ」
注いでいた酒を捨て、水を飲み干す。
「なぁ、全てを守る力が欲しい。そのためには人間をやめなくてはならない。そうしたら俺はお前と死ぬことができない。それでも」
「愛しているわ」
優美は食い気味で、俺が問う前に答えた。
「どんなあなたでも、愛しているわ。あなたはあなたですもの」
その一言で、決心した。
「……ありがとう」
愛する妻をしっかりと抱き締め、温もりを再度確認する。俺が人間である証を、彼女へと刻みつけるように、彼女がくれた愛情を、俺の心に植え付けるように、長い
最後に子どもたちの眠る寝室で、彼らの顔を目に焼き付ける。安らかな可愛らしい寝顔に、決意は固まっていくばかりだった。そっと二人の頭を撫でると、俺は玄関に向かった。
家を出れば、辺りは闇に包まれていた。月と星は雲に隠れていて明かりはない。だが、もうじき朝が来るだろう。俺は朝を追うようにして山を目指した。玄武がいる山を。
優美が見送ってくれたが、家を出てから俺が後ろを振り返ることはなかった。俺たちの左の薬指が、『共に在る』ということを、証明してくれていたから。
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