第44話 父親①【side:霧玄】
その日は、久しぶりに酒に溺れた。子どもが寝たことを良いことに、例え優美が止めようと無視して飲んだ。飲んで、呑まれて、頭が弱くなってようやく、楽になれた気がしていた。
「……珍しいわね。あなたが酒に溺れるのは、十年ぶりかしら」
彼女が何を言っているのかは一発でわかった。
「そうだな。また俺は大切な人を殺さなければならないらしい。酒にでも逃げなきゃ、やっていられない」
嘲笑混じりに言えば、優美は顔を
「あれは事故だったじゃない」
「事故? とんでもない! 俺が殺した。優司を守るために実の息子を殺した。優司を殺していれば助かったかもしれないのに!」
「優司くんも私たちの息子よ。そんな……もし彼を見殺しにしても、あなたは苦しんでいた。事故よ。どうしようもなかった」
「本当にそうだろうか? 優司を殺していれば
「……どういうこと? 何を言っているの?」
口が滑ったことに気がつきはしたが、もはや、止まることはできなかった。
「どうもこうも、上手くいかねぇよな。優司を殺さなければ全人類が死ぬ。優司を殺すしか、お前らを守る
笑っていたはずなのに、頬には、生温いものが伝っていた。それがボタボタと机を濡らして、小さく水溜まりができてようやく、自分が涙を流していることに気がつく。
「……嫌だ。殺したくない。なんで、俺ばかり大切な息子を殺さなければならないんだ。何故優司なんだ。何故、なんで、どうして……」
気がついてしまえば、耐えることはできない。拠り所を失った子どものように泣きじゃくる。目の前の情けない男を見て、彼女は一体、何を思うだろう。しかし、そんなことを考える余裕すらなかった。
「ふざけるなよ。なんで優司なんだ。あの子は真司さんの大切な息子で、優しくて、真面目で良い子なのに。どうして彼が選ばれた。魅力的だからか? ふざけるな。ふざけるな。何故、あの子ばかりが背負わなければならない。何故俺ばかりがこんな選択をしなければならない」
一般人の妻に話して何になるというのか。何も知らないままの方が幸せだとわかっていたが、口から溢れる言葉は止まることを知らない。
「俺は、弱い。真司さんみたいにはなれない。父親なんて向いていなかったんだ。子ども一人守れない奴が子どもを持つなど……笑えない」
頭を抱えて嘆く俺の手に優美はそっと触れる。そして、冷静に一言。
「そうやって、全てを捨てるつもり?」
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