第41話 壊れた心
放心状態の日々が続いた。あの頃の僕のようだった。五感が正常に働かない。見るものには色がない。食べるものに味がない。あるはずの匂いを感じない。ノイズが大きい。痛みを感じない。僕の世界は狂っていた頃に戻った。
……いや、違う。この狂った世界が、きっと正しかった。僕は、人間ではないのだから。
鏡に映る自分の姿は、酷く醜く思えた。この顔を見たら、家族は何というだろうか。嗤ってくれるだろうか。「ざまあみろ」と。濁った瞳では、二度と、美しいものを「美しい」と思えないだろう。家族を見殺しにした時点で、僕の運命は決まっていたようだ。
ぼんやりと天井を見つめていると、いつからいたのか、燐火の顔が天井を隠した。
「やぁ。苦しんでいるみたいだね、優司」
「り、んか……?」
「可哀想に。また、奈落に落とされたんだ」
ふわふわとした感触が、足元で左右に揺れる。ぼーっとその様を眺めていると、燐火は小さな狐の姿になって、僕の胸に乗ってきた。
「誰に傷つけられたの? 優しい君の代わりに僕がお仕置きしてあげる。誰を恨んでいる? 何を望む? わがままを教えてよ。君は、まだ子どもなんだから」
体が小さくなっているからか、可愛らしい声で燐火は問う。無邪気な子どものような彼。その無邪気さに、嫉妬する自分がいた。僕に、その顔はできない。僕に、そんな愛らしさはない。僕に、そんな人間らしさはない。
「神守家頭首としての役割とか、人間としてのあるべき姿とか、もう忘れちゃいなよ。君は、被害者なんだ。どうして君ばかり傷つく必要があるの? 何故、君が苦しまなければならないわけ?」
燐火の言葉に共感が芽生える。僕だって、もし一般家庭に生まれていたら……。理不尽への、「何故」「どうして」が心を支配する。
「理不尽を疑え。全ては人間共のせいだ。君は悪くない。君にも、幸せになる権利はある」
そう話す燐火の背中を撫でながら、僕は
(逃げたいなぁ。何もかも、捨てて)
ぼんやりと、そんなことを思った。すると心を読んでいたようで
「良いよ。逃げちゃおうか」
燐火は姿を人に変えると、僕の手を引いて外に飛び出した。
燐火の力で、体が宙に浮く。
「君の望みを叶えてあげる。今日から、ただの『優司』として生きよう。君の居場所はここにある。おかえりなさい、我が主」
燐火は曇り空の下を飛びながら、僕に言った。頼りになる、凛とした表情。しかしどこか安心できるような、柔らかな声。
「……そうですね。そうしましょうか」
考える余裕がなかった僕は、心の動くままに、そう返した。
「後のことは、僕と麒麟に任せて」
そんな言葉が聞こえたかと思えば、急激に眠気が襲ってくる。
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