第39話 変わっていく日常①

 仕事終わり、偶然、舞衣さんと会う。


「あら、奇遇ね。そっちも仕事帰り?」

「えぇ。そちらもでしたか」

「最近は特に多くなっているわよね。なんだか嫌な予感がするわ」


偶然か、必然か。舞衣さんは大戦の前兆を感じ取っているようだった。


「……ところで、その傷は治さないの?」


舞衣さんに指を指されて、右の腹部に触れる。湿った感触に目を向ければ、じわり、と赤黒いものが広がっていた。


「あ」


自覚した瞬間、ぐらりと視界が揺れる。あまりにも多く、血を流していた。倒れそうになったところを、舞衣さんに助けられる。


「すみま……」

「喋らないで。回復するわ」


女性の肩を借りなければ立っていられない自分が情けない。苦々しく笑いながら、僕は回復を待った。


「ありがとうございます」


回復が終わり、舞衣さんが手を離した時点で、お礼を口にする。すると舞衣さんは怪訝そうな顔で


「普通、攻撃を受けた時に気がつかない?」


そう僕に聞いてきた。ごもっともだ。


「それに、、何を取り込んだの?」


誤魔化していたつもりだが、見透かされていたようで焦る。


「……敵いませんね」


言い逃れができないことを悟った僕は、事情を包み隠さず、全て話した。


「先程の戦いで、神を相手にしました。人間の男の子に取り憑いていまして、交渉も全く成立できず……仕方なく、自分に取り込んで消滅を待っている状態です」

「それで消滅するの?」

「普通はしません。しかし……」

「僕がいるからねぇ」


僕の腹部辺りから、ひょこっと顔を出す燐火。軽く悲鳴を上げる舞衣さんを見て、燐火は楽しそうに笑っていた。


「僕の体の中で戦ってもらっていたんです。彼は神ですから、その影響で痛みに鈍感になったのでしょう」

「人間の体って思った以上に脆いね。まさか、死にかけているなんて。ごめんね?」


僕らの会話を聞いて、舞衣さんの顔が歪む。


「その神様、上級じゃない?」

「そうだね。君たちの分類だと、上位クラスになるかな」

「体、大丈夫なの?」

「え? えぇ」

「人間の許容範囲は、までよ。最強と謳われた真司さんが、そこまでだった。それ以上の例外はいない」


次に来る言葉がわかり、息が詰まる。


「優司くん、いつの間に?」


不審な目がこちらに向けられている。どう説明すれば良いのか、わからない。そんな自覚などなかった。気がついたら、できていたことだ。言葉を探しても、適切なものが見つからない。そんな時、


「何言ってんの? 主は人間だよ。人の痛みや苦しみがわかる、人間。主が人間離れしていると思うのなら、それは、君たち人間のせいじゃ無いの?」


燐火は舞衣さんを睨みつけながら、僕の代わりに言葉を紡いでくれた。しかし、言い方が敵意剥き出しだったために、舞衣さんの顔は、益々歪んでいく。


「仮に私たちのせいなら、どうして、何も言わなかったの? 恋人って、互いに支え合う存在でしょう?」


何かが崩れていく音がする。聞き覚えのある、嫌な音。これは、きっと


「信じていたのに……」


絶望へと誘う、理想が崩れる時の音。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る