第38話 変わらない日常

 家に帰ると、報告書が溜まっていた。


「お疲れのところ悪いね。上に提出する報告書だけ、目を通してもらえるかい? 僕も手伝うから」

「わかりました。ありがとうございます」


山のように積み上げられた書類に、一つ一つ、目を通していく。作業自体は単純だ。しかし、量が多い。開始早々、気が遠くなりそうだ。


「面倒だよなぁ。神守家頭首だけじゃなくて、一門全員がコレを片付けられたら良いのにな」

「それは……ただでさえ、戦闘に関してはほぼ任せきりです。みなさんの負担になるのでは?」

「良いんだよ。従者は使ってやらないと。振り回されて困るくらいで丁度いい」

「しかし、規則ですから」

「まったく、上の連中は何を考えているんだ。十八の子どもを過労死させる気か?」

「この程度なら、まだ死にませんよ」

「いや殺させないよ? 主を疲弊させることも許せないんだが?」

「……さては、疲れていますね?」

「ぜ、全然? 余裕だけど?」


彼からペンを取り上げ、書類を奪う。


「命令です。休みなさい」

「いや、僕、霊体で……」

「聞こえませんでしたか?」

「……はい、休みます」


大人しく作業をやめ、横になる悠麒さん。彼の疲労はわかりにくい。無理をする上に隠す。昔の習慣がそうさせるのだろうが、やはり、せめて僕の前では無理をしないで欲しい。


「やはり、簡単には変われませんか」

「お互いにね」


顔を見せずに彼は言う。心当たりがありすぎて返す言葉がなかった。


「元は人間だからね。後悔やトラウマが絶えることはない。歳を重ねるごとに、苦しみは増えていくものさ」


「でもね」と、悠麒さんは続ける。


「歳を重ねる毎に、楽しいことも増えていく。光があるから闇がある。歩き続けていけば闇を抜ける時が来る。その先は希望に満ちている。闇を恨む必要はない」


「経験談ですか?」と問えば、「もちろん」と返す。


「だから主には長生きして欲しいな。今は辛いかもしれないけど、いつか報われるから」


大戦を控えているからなのか、釘を刺すように悠麒さんは話す。


「どうしたんです? 急に」


クスッと笑いながら聞けば、


「僕だって不安なんだよ。失うことが」


と、意外にも弱さをさらけ出した。

 そうこうしているうちに、書類はあと一枚になった。ラストの書類にサインをして、作業を終える。

 僕はペンを置くと、ふと、立ち上がった。


「さて、そろそろ夕飯を作りましょうか」

「僕がやるよ」

「いえ、悠麒さんは休んでいてください」

「いや、でも……」

「久しぶりに、僕が作りたいので。待っていてもらえますか?」

「……そういうことなら、甘えちゃおうかな」


悠麒さんを説得すると、台所に向かう。

 冷蔵庫の中を漁りながら、僕は鼻歌交じりに料理を始めた。久しぶりに、戦う目的以外で、刃物を握る。こんな日々が続けば良いのに、と思いながら、僕は野菜にざくりと刃を入れた。

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