四章

第37話 幸せな日常

 『優司、今日は暇?』


お昼前に送られてきたメールに『はい』と簡潔に返信する。すると、『遊ぼうぜ! 全員、駅集合!!』と悠斗くんから返信が来た。

 これを悠麒さんに話し、駅へ向かう。すると


「お。やっと揃った」


みんなは既に駅に着いていた。


「すみません、お待たせしました」

「いや、突然だったから仕方ないだろ。一番、駅から遠いしな。こうなるわ」

「そうそう、気にしなくていいよー」


暁人くんと幸希くんが言う。

 早速、僕らは電車に乗ると、少し遠くの街へ足を運んだ。


「ちなみに、どこに行くんだ?」

「決めてないよ」

「決めてないよ!?」

「たまには良いんじゃない? 楽しそうだし。僕は賛成〜」


電車に揺られながら、流れていく窓の外の景色を見つめる。子どもが駆けていく姿、男女の仲睦なかむつままじく話す姿、ご老人の散歩する姿。犬は走り、猫は眠り、鳥はさえずり、花はほころぶ。今なら感じる。その幸せのどれもが愛おしいと。


「……優司は?」

「えっ?」

「水族館」

「構いませんよ」

「んじゃ、決まりで!」


 駅を降りて、目的地まで徒歩十五分。他愛のない話をしながら、水族館へと向かう。


 水族館には、多くの子どもたちと恋人たちがいた。その中に、男子高校生五人。だが、それを気にすることなく、悠斗くんと奏真くんは、小学生に混ざりながら館内をぐるぐると回り、暁人くんは真剣に解説を読む。僕と幸希くんはそれを後ろから座って眺めていた。


「最近どう? 舞衣ちゃんとは」

「あれ以来、会っていませんよ。互いに仕事も課題もありますし、時間が……あ、お父様には会いました」

「おぉ、なかなかの勇気」

「そちらはどうですか。大鳳さんと」

「んー、ぼちぼち? 特訓に忙しいみたいで、会えてはない。けど、連絡はしているよ。今度デートで弓を引きに行く」

「変わったデートですね」

「お前らほどじゃないだろう」

「……あはは。言い返せませんね」


目の前の水槽で、二匹の魚が寄り添って泳いでいる。


「……最近、多くなったんだよ。あの時のことがあるからなのかもしれないけど、なんかさ、それ以上に焦っているというか、恐れているというか……」

「それは……」

「答えたくないなら答えなくても良い。なぁ、今、何が起きているんだ?」


水槽の魚が暗闇に隠れる。光の下に出てきたのは一匹のみ。もう一匹はどこへ行ったのか。


「……少なくとも、安全な場所から対応できる状態ではありませんね。それ以上は、何も言えません」


幸希くんはしばらく黙り込んだ後、「そうか」と小さく呟いた。

 満足したのか、悠斗くんと奏真くんが戻ってくる。それと同時に、暁人くんも、袋を片手に戻ってきた。


「何、その袋」

「姉と妹へのお土産」

「優しい〜」

「お土産ないと後が怖いからな」

「わかる」

「わかるんだ」


姉妹がいる奏真くんと暁人くんの会話はどこか微笑ましく思えた。僕には姉妹はいないが、兄がいたから、もしも……と思うと少し羨ましく思える。


「せっかくだし、お揃いの何か買わない?」

「えっ、このメンバーで?」

「可愛いやつしかなかったぞ」

「良いじゃん。僕ら可愛いよ?」

「一八二センチの弓道部が何言っているんだ」

「可愛いよ???」

「うわっ、めんどくせぇ!!」

「優司は? 今のところ賛否が半々だけど」


悠斗くんの問いに、僕は


「良いと思います。思い出になりますし」


そう答えた。


「決まりィ! じゃあ、買ってくるわ!!」


もの凄い速さで売店に走る悠斗くん。と、それを追いかける幸希くん。後から僕らがゆっくりと歩いて追いかけると、二人は既に袋を持って店から出てきた。


「はい、これ」


渡されたのは、可愛くデフォルメされたサメのキーホルダーだった。


「僕らの奢りでいいよ。その代わり……」

「全員、これ付けて帰るぞ!!」


素早く僕らの鞄にキーホルダーを付ける二人。始めは嫌がっていた奏真くんと暁人くんだったが、付けられてからは気にすることなく、そのまま放置していた。

 夕陽に照らされ、五つの同じキーホルダーが輝く。

 僕は、その様子を見て、胸が満たされた気がしていた。幸せな日常がそこにあった。それがとても嬉しかった。

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