第27話 疑念【side:波青】

 「お引き取りください」


神楽家の坊に頭を下げられた。が、彼の師匠になるだなんて御免だ。だいたい、どうして優司くんは彼を私に推薦してきたのか。一応、敵対相手だぞ、こいつ。


「そこをなんとか、お願いします!」

「いくら頼まれても答えは同じです。私も暇ではないので。お帰りください」

「お願いします!!」


いや、帰れよ。玄関で土下座されても困る。


「敵に技を教える馬鹿がどこにいるんですか。あなたが神楽家の者である以上、私が師になる可能性はありません」

「僕は殺すための剣を習いたいわけじゃないんです! 守るための剣を習いたいんです!!」

「何かを守るために、殺すのです。どちらも同じことでしょう。帰りなさい」

「帰りません!!」

「迷惑だと言っているのがわかりませんか?」

「それでも……!」


困った。首を縦に振るまで帰らないつもりか。こういうタイプは耐久戦になる。正直苦手だ。


「……わかりました。こうしましょうか。もし神守一門に牙を剥けば、私は問答無用であなたを斬り殺します。その条件でよろしければ、承諾してやらないこともありません」

「構いません、お願いします!」


食い気味で答える坊。キラキラと目を輝かせる彼に、毒気が抜かれていく。


 仕方なく、私はため息を添えつつ彼を道場に入れた。とはいえ、私の中の疑念が消えたわけではない。どうせ、実力の差を見せつければ、大半の者は諦める。ここで少し萎えさせよう。そう思っていた。


「やる気があるのは結構。さぁ、まずは実力を見せていただきましょう」


彼に練習用の竹刀を渡し、待ち構える。


「いきます……!」


あぁ、遅い。踏み出した後の動きがしっかりと見える。期待はしていなかったが、想像以上に弱い。虫を叩き落とすかのように、相手の一撃を無効化する。と同時に、私は一歩も動くことなく、彼に一撃を入れた。


「あっ!」


坊がバランスを崩す。これをチャンスに、私は、彼の首元にそっと竹刀を当てた。


「実戦なら、死んでいましたよ」


これで、少しは思い知っただろう。ここに辿り着くまでには時間がかかる。修羅の道だ。さぁどうする。引き返すか?


「もう一回、お願いしますっ……!」

「へぇ」


なかなか面白い子だ。優司くんが僕の元へ彼を寄越した意味が、少しだけわかった気がする。


「私、手加減しませんよ?」

「望むところです!」


がばっと体を起こし、構え直す坊。


「良いでしょう、来なさい」


久しぶりに剣士の目を見た。諦めない心を持つ者の目はとても美しい。そして、眩しい。


 この目をもっと見てみたい。育てて、強さをここに加えたのなら、彼は一体どんな目をするようになるのだろうか。そう思うと、なんだか胸が高鳴るようだった。


 柄にもなく熱くなり、この手合わせを、私は「楽しい」と思ってしまったのだから。きっとこの地点で、耐久勝負は私の負けだった。

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