第36話 選択①【side:霧玄】
食事を食べ終えた優司が、パタリと倒れる。
「優司……?」
突然の出来事にフリーズしていると、
「睡眠薬だよ。強めの、ね。主には寝てもらわないと困る。体調面的にも、僕ら的にも、ね」
悠麒は当然のように言った。こういうところを見ると、「あぁ、さすがは元・暗殺者だな」と思う。
「僕ら的にも、ってことは、やはりあの話か」
いつものふわふわとした声の調子とは異なり、神楽家頭首らしい、威厳のある声色で、礼治は言う。
「あぁ、なんだ。気づいていたのか」
「舐めてもらっては困る。一応、僕も神楽家の頭首。それ相応に霊力も察知能力もある」
「なら、話は早いな」
優司の意識が眠りの奥にあると、ここまで場をヒリヒリさせるのか、こいつら。この緊張感で一般人くらいなら殺せそうだ。俺も息苦しい。
「選択の時だ。選べ。主を消し、人を救うか。主を守り、神として生きるか。主を殺し、全滅するか」
訳がわからず、言葉を失う。
「……待て。状況が読めん」
なんとか言葉を捻り出し、説明を求める。悠麒は軽くため息をつくと
「大戦が、犠牲なしに終わるわけないだろう。大戦の意味がわかっているのか? 殺し合い。神と人類による戦争。神は人類撲滅を御所望。主は神の代理。もう、わかるだろう?」
多くは語らず、単語の陳列で説明した。ここまで言われれば理解できる。神守は神を守る一族。神楽は人を守る一族。神と人で戦う場合、この二勢力は前線に出ることになる。つまり、遂に恐れていたことが起きたわけだ。
「主は、お嬢と戦うのか」
「人の心配とは、なかなか余裕じゃないか」
「……何?」
悠麒は俺の言葉に嘲笑した。
「わからないか? 君も、神楽と戦うんだよ。あるいは、僕と」
「お前と? お前は敵になるのか?」
「可能性はゼロじゃない。もちろん、僕は彼に生きて欲しい。けど、主の幸せが最優先。主が崩壊を望めば、僕は、主を殺して全てを壊す」
「正気か? そもそも、優司がそんなこと望む訳が……」
「あるかもしれないんだよなぁ」
礼治も、横から口を挟む。あんなに二人のことを信じて、「見守る」と誓った礼治から唐突な裏切りを受けた気分だった。
「言っただろう。万が一があれば殺し合う運命だと。万が一が、起きているんだよ。僕も最近知った」
それが何を意味するのか、流石に俺でも理解はできた。
「……じょ、冗談だろう。優司は霊力が弱い。優しくて、人殺しなんて似合わない。まさか、『絶望の器』であるはずが……」
「本当に、そう思っているのか?」
悠麒に言われ、再び言葉を失う。思っている。あいつには似合わない。本当に、思っている。だが、
「逃げるなよ。いくら現実から逃げようとも、逃れられないんだから」
これが自己防衛のための『逃避』であることを完全に否定することはできなかった。何故なら
「十二年前、何故、事件は起きた?」
俺はあの日の真相を知っている。
「敵意に敏感な神守一門が、何故、敵の接近に気づかなかった?」
十二年前の事件は、謎に包まれているわけではない。
「『最強』と
今ならわかる。真司さんと同じ位置にいる、今なら。
「大切な息子だったからだろう。小夜に似て、優しい子に育った。大切な愛息子。自分の命に替えても守りたかったんだろう」
俺でも、同じことをすると思う。この命で息子を守れるのなら、喜んで命を差し出す。
「だが、残念だったな。代償は大きすぎた」
歴代最強の神守家頭首・真司と、息子・光司、妻である小夜の命を使い、ようやく鎮静化。
「三人の命で止められる代物でもなかった」
この意味が、わからないほど馬鹿ではない。
「それが再び、暴走を始める。神々の、意思によって」
神が人類を見放した。神の代理人は優司。もし『絶望の器』である彼が人類を見放したら? 器が壊れてしまったら? 絶望は、世界を飲み込む。この世の全てが滅亡する。
「悪いけど、僕は主に従うよ。彼だけが、僕の生きる希望だ。僕は、神も人もどうでも良い。主の幸せを願い、主の意思に従う。それが神を殺そうが、人間を殺そうが、関係ない。さぁ、決断の時だ。お前たちはどうする?」
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