第18話 噂のトンネル②【side:大鳳】

 優司くんが倒れた。


「主ッ!!」


結界の中でうなされている。苦しそうな声が度々聞こえてくるのに、私は何もできない。


(霊とリンクしたってこと? 故意、ではなさそう。それほどまでに強い敵? もし私がこの霊を除霊できなかったら、主は……)


永眠。その二文字が脳裏をよぎった時、私はもう冷静でいられなかった。


「殺さなきゃ……」


手足が震える。弓が安定しない。それでも、私がやらなきゃ優司くんが目を覚ますことはなくなる。助けを呼ぶにしても、私には召喚できるほどの力も権限もない。


「お願い、当たって」


祈るように矢を放つ。しかし、震える手で放つ矢が的に当たるはずもなく、矢は敵の横を通り壁に突き刺さるだけ。

 私は死んでも良い。主を危険にさらした。死刑だって構わない。でも。主だけは、主だけでも生かして帰す義務が、私にはある。

 もう一度、もう一度と弓を引く。だが、矢が的に当たることはなかった。霊力だけが無駄に消耗されていく。


『許さない』

『私を置いて幸せになるなんて』


敵の想いが、脳に響く。優司くんの霊力が安定していないせいなのか、式神が敵の想いを私に伝える。


(そんなこと言われても、私にはどうしようもないわよ!)


怒りと、悲しみと、悔しさと。様々な感情が、どんどん入り乱れていく。


 __精神統一。敵を貫くことだけを考える。


 母の教えは胸に刻まれている。忘れたことはない。しかし、わかっていても体は感情に支配されていく。

 私は、未熟だ。


 誰でも良い。助けて欲しい。


 堪えていた涙が抑えきれず、地面を濡らす。


「主を、助けて……誰か……っ!!」


つい、口から溢れた弱音だった。だが、式神は命令と勘違いしたようで、一体が優司くんの前でパタパタと体をなびかせ、もう一体はどこかへ飛んでいった。

 それを見て、少し心に余裕が生まれる。


(よかった……私は、一人じゃない……)


優司くんは私を信頼して、式神を託した。ならそれに応えることが私のすべきこと。泣いてはいられない。


 私は大鳳家の娘。

 『朱雀』の名を受け継ぐ者。


 今度こそ、しっかりと立ち、弓を安定させて矢を放つ。大丈夫、震えはない。敵を貫くことだけに集中する。私にはできる。


「あなたの相手は、私が引き受ける」


ノイズが止む。体温が上昇していく感覚。体を焦がすようなこの霊力を、一本の矢に込める。次第に矢の先端に火花が散り始め、点火する。


 燃えろ。


 敵の強さが未知数な以上、あまり使いたくはなかったが仕方ない。上手くいけば倒せるし、もし下手をしても時間稼ぎにはなる。きっと、式神が連れて来た助っ人が、私の代わりに敵を倒してくれる。それまで私が生きていられるかどうかはわからないが、今はこれで良い。主の安全が確保されれば、それで十分だ。

 私は燃え盛る敵を眺め、霊力不足で動けなくなった体を横に倒した。冷たいトンネルの地面が、ジュッと音を立てる。どうやら、酷く発熱しているらしい。

 そんなことも気にならないほど、私は達成感と安堵で心が満たされていた。きっと穏やかな顔をしていたと思う。

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