第17話 噂の廃病院②

 敵の大きさは成人男性くらい。場所は廊下。部屋に入ったところで、手術道具やベッドなどが散乱しているために、大きく動くことはできない。


 さて、どうする?


 容赦なく、敵は襲いかかってくる。向こうはナイフに掠ろうが、ガラスの破片が散らばろうが、ベッドに引っ掛かろうが、関係ない。実体がないから、影響は受けない。しかし、生身の人間は違う。刃物が掠る、破片に触れる、物に引っかかる。いずれにしても、怪我に繋がる。怪我の要因を避けつつ回避を続けるが、限界は近づいてくる。


(しまった、逃げ場がない……!)


相手が元人間なら、「一発だけ殴られて死ぬ」なんてことは、余程のことがない限りはない。連撃でようやくだろう。だが、相手は元人間。あまり苦しませることはしたくない。できれば一撃で終わらせてやりたい。


(……仕方ない、僕が耐えよう)


ぎゅっと目を閉じ、衝撃に備える。霊力は札で強化されている。多少の攻撃なら、死ぬことはないはず。

 歯を食いしばり、顔の前で腕をクロスする。確実に攻撃が当たる距離……のはずだった。

 いくら待っても衝撃はない。不思議に思い、目を開いてみれば


「このっ、バカ主ッッッ!!」


息を切らした大鳳さんが、弓を片手に、走って来る。ふと、大鳳さんの進行方向を見れば、敵が浄化されていた。目を瞑っていた間に、仕事が片付いていたのだ。


「ま、間に合わないかと……思った……ッ!」


驚きで言葉が出ない。頭が真っ白な状態で紡ぎ出した言葉は


「お見事……」


素直な感想だった。


「……ありがとう。でも、二度とあんなことはしないで。心臓に悪いわ」

「すみません、ありがとうございました」

「どういたしまして」


壁に突き刺さった矢に触れ、矢を消滅する大鳳さん。彼女の矢の素材は霊力が大部分を占めている。そのため、残るのは微かな塵のみ。環境に優しく、証拠隠滅にもなる優れものだ。


「さて。お嬢を待たせているし、戻ろうか」

「そうしましょう」


僕らは互いに見つめ合い、頷くと、急いで舞衣さんの元へと向かった。


 廊下を軽快に走る音が院内に鳴り響く。嫌な気配もなくなり、あとはこの場所が解体される時を待つのみ。霊一人いない、この場所はもう安心・安全だろう。そのうち、心霊スポットとしての名も消えていく。

 多少の寂しさはあったが、これで良いのだと自分に言い聞かせて、僕らは、足早にその場を去って行った。


 満点の星空と月明かりが、ポツンと残された廃病院を照らし出していた。

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