第17話 噂の廃病院①
夜はすっかり深まり、現場は不気味さを増す。例の廃病院に足を踏み入れようとすると、少し耳鳴りがする。
「主、大丈夫?」
思わず耳を塞ぐ僕に、大鳳さんが心配して声をかけてくる。
「……僕は大丈夫です。ただ、かなり強敵かと」
入らなくてもわかる。凄まじい霊力だ。やはり噂が霊に力を与えてしまったのか。思うように体が動かない。
(力を借ります、玄武)
相手の霊力をリアルタイムでもらうことになるため、あまり使いたくない手段だったがやむを得ない。玄武の『守護』の力を借りて、自分を守る。力が体に馴染むまで約三分。それまでの辛抱だ。
重い体を引き摺りながら、気配のする方へと向かっていく。しかし、体に不調が出たのは、僕だけではなかった。
敵の気配が強くなってきた時、舞衣さんは、何の前触れもなく膝をついた。
「神楽……?」
「……ごめん、耐えられそうにないわ」
どうやら自力で立ち上がれそうな気配もない。彼女がこうなるということは、余程のことだ。思わず、進行方向を見つめ、息を呑む。
「朱雀、彼女を外に連れて行けますか?」
「構わないけど、主は大丈夫? 往復で十分は何があっても戻って来れないわ」
「万が一を考えると、朱雀に神楽を任せた方が安全です。耐え抜きますよ」
「……了解」
「念の為、彼女の周りには結界を張っておいてください」
「わかったわ。私からも一つ。先に進まずに、ここで待っていて」
「わかりました」
舞衣さんに手を貸し、彼女を立ち上がらせる。なんとか立てたところを、大鳳さんに引き渡すと、大鳳さんは彼女を背負い、足早に外に出て行った。
それを見届けると、ふと、背後に嫌な視線を感じる。
「……やはり、これが狙いでしたか」
振り返らずに呟く。相手が動く気配はない。
(臆病なのか、知性がないのか、どっちだ?)
臆病なのであれば、振り向くと戦闘になる。が、知性がないのであれば、いつ襲われるのかわからない。
(一か八か。やらずに後悔するよりマシだ)
思い切って、大きく息を吸う。吐く時は、彼の名前を添えて。
「燐火!」
召喚とほぼ同時に敵の方を向く。彼が来るまで一秒未満の戦いだ。顔を掴むために伸ばされた手から逃れるため、咄嗟に屈む。と、ほぼ同時に足元に蹴りを入れる。敵のバランスを上手く崩したところで
「おや。随分と強くなったね、主」
待ち人が登場した。
「敵の情報を探ってください。それから、時間稼ぎの方もお願いします」
「了解。ちょっと弱らせても良い?」
「生死は問いません、お願いします」
「そう? いいね、楽な仕事だ」
燐火はニヤリと笑うと、早速、敵を業火で包み込んだ。熱さを感じないということは、幻術の一つなのだろう。だが、よく観察してみると、敵は苦しんでいるように見える。彼の特有の技なのだろうか。
しばらく断末魔の叫びを聞いた後、ついに、敵は力尽きたのか、ふらふらと
「うん。霊力だけじゃ効かないみたいだ。元は人間だろう。つまり、『こうされたら死ぬ』という人間の概念が武器になる。要するに、物理攻撃が必須ってワケ。残念ながら、僕は専門外」
ふわりと体を宙に浮かせながら話す燐火。これだけ情報があれば十分だ。
「ありがとうございます。助かります」
礼を言うと、彼は満足げに帰って行った。
敵がこちらを睨んでいる。臨戦態勢に入った敵と対峙し、こちらも構える。大鳳さんが戻るまで耐えれば、こちらの勝ちだ。
夏だというのに、冷たい風が院内を駆ける。
ここが心霊スポットとして人気だったと思うと笑えない。死人が出なくてよかった。
滲む汗が熱を失っていくのを感じつつ、切に大鳳さんが戻ってくることを願った。
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