第16話 噂の夜の海
旅館に四人を届けた後、改めて僕らは仕事に出かけた。悠斗くんからのブーイングは言うまでもなく大変だったが、なんとか旅館に置いてきた。始めの頃と比べて随分と慣れたものだ。付き合いの長さを実感しつつ、しみじみと夜道を歩く。
これがもし仕事でなければ、ロマンティックで最高な夜のデートになっただろう。月が高く昇り、強い光を放っている。星々は宝石の如く輝き、空を彩る。心地良い風が吹き抜け、海の静寂が僕らを誘う。
「主、下がって」
大鳳さんが足を止め、弓を構える。
「あくまで、目的は慰霊です。なるべく殺さないようにお願いします」
「了解」
人間を殺傷する矢をやめ、霊力で作った矢を海に投げるように放つ。流石は、『朱雀』の名を受け継いだ大鳳家の人間。完璧なコントロールで、霊に当てないように海から霊を炙り出す。
わらわらと出てきた霊を、できる限り同時に慰霊の力で浄化していく舞衣さん。霊が逃げて行かないように結界を維持する僕。怨霊となり悪事をはたらく『慰霊』の効かない霊を、除霊していく大鳳さん。
時間的には短いものだったが、長い戦いだと感じるほど、労力を必要とした。現場はまさに阿鼻叫喚。『慰霊』とはいえ、少しの穢れ程であれば強制的に浄化できる。穢れが浄化される際の熱は炎で焼かれるレベルだと聞く。一方、除霊に関しては痛みを軽減することもできる。だが、大鳳さんの性格上、効率を求めるために容赦なく除霊していく。中には一発で消えない者もいるだろう。そうすると、二、三回と苦痛が襲う。
終わる頃には、全員がヘトヘトだった。
「……これで、海の事故は減りますね」
凪の海を見つめて、僕は呟く。二人は息を整えながら、僕の向く方へ目を向けると、その場に座り込んだ。疲れたのだろう。僕の数倍は霊力を使ったのだから。
「回復します」
あらかじめ悠麒さんから貰っていた霊力回復の札を取り出し、二人に使う。静寂に溶けていくように、札は一瞬だけ光ると、跡形もなく風に消えていった。
「ありがとう。私は全回復したわ」
「私も、連戦できるくらいには回復した。主が大丈夫そうなら、他も片付けよう」
二人の回復を確認する。霊力はしっかり戻っているようだ。流石は悠麒さん。頼りになる。
「残りは二つ。どちらも、心霊スポットとして有名です。被害が出る前に片付けましょう。可能なら、今日中に終わらせたいと思います」
「大丈夫? 別に無理しなくても良いのよ?」
心配する舞衣さんに、大鳳さんは
「むしろ先延ばしにする方が危ない。主の判断は正しいわ。回復はお嬢を優先して、今日中に全て回りましょう」
僕の言おうとしたことを代弁してくれた。
「最悪、麒麟を呼べば良いし。少し癪だけど」
大鳳さんの考えに、苦笑いするしかない。僕も同じことを考えていた。従者のみんなには優劣つけるようで申し訳ないが、悠麒さんは強い。どうしようもない場合、頼るべきは彼だ。彼であれば、一瞬で大抵のことは片付く。しかし
「……最終手段にしましょう」
やはり舞衣さんは不満そうな顔をする。それもそのはず。一瞬だからこそ、やり方は最も酷い。僕もなるべく最終手段として頼りたい。だからこそ、今日は彼女を頼ったのだから。
「最悪の場合の話よ。三人で仕事を完遂して、大人組に『子どもじゃない、舐めるな!』って見せつけてやりましょ?」
大鳳さんは立ち上がると、舞衣さんに手を差し出し、立たせる。その瞳には、初めて出会った時と同じ『覚悟』が宿っていた。当時のことを思い出し、思わず笑みが溢れる。
背を押すように、海風が僕らに吹きつける。僕らの歩みは、自然と速くなっていた。
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