第10話 安心して眠れる場所

 その眠りは、気絶によく似ていた。


 夢をみる。いつもの、の夢ではない。舞衣さんに、殺される夢。

 何を言っているのかわからないが、とにかく必死で何かを訴えながら、僕の首を絞める。「あぁ、死ぬのか」という簡素な感想だけが、頭に浮かぶ。相変わらず、悠麒さんは僕の味方をしてくれていたが、他の人たちは彼女の味方をしていた。「殺してやってくれ」と、霧玄さんに言われたのはキツかった。窒息の苦しみよりも、心の方が苦しかった。

 目を閉ざす直前、微かに聞こえる悠麒さんの絶叫。

 そこで、ようやく目を覚ます。


 ぐっしょりと汗に濡れた体を起こすと、風が入り込んでくる。風に揺れるカーテンを見て、夢であったことに気がつく。あまりにリアルな夢だった。そう思い、思わず首に触れる。そのまま、ぼーっとしていると、


「随分とうなされていたねぇ」


マグカップを両手に、悠麒さんがこちらに歩み寄る。


「また、あの日の夢かい?」

「いえ……」


否定してしまうが、その後の言葉が続かない。


「話したくなければ、話さなくて良い。僕は、いつまでも待つよ」


片方のマグカップを僕に手渡すと、彼はいつも通りの様子で、僕の勉強机に腰掛けた。


「……悠麒さんは、どうして僕なんかに優しくしてくれるんですか?」


記憶が正しければ、祖父や父、兄たちとは不仲だったはずだ。彼らが死んだ後、悲しむような様子もなかった。僕の悪夢の中でも、僕の味方をしてくれる人。神守家を恨んでいるはずの彼が、僕に優しくしてくれることが不思議で仕方ない。


「主だからね」

「父とは不仲だったのに、ですか?」

「……そこは覚えているんだね」


スッと瞳から光が消える。シンプルに、怖いと思った。しかし、


「単純に、彼のやり方が気に入らなかっただけだよ。僕を奴隷のように扱った人のことを好きになれという方が難しいだろ? それに比べ、君は素晴らしい主だよ。一生、ついていきたいと思える。僕は、君の全てを気に入っている。ただ、それだけさ」


すぐにいつもの調子に戻り、笑った。


 「……夢を見ました。みんなが敵になる夢」


話すつもりはなかったが、口から言葉が溢れていく。


「殺されかけて、傷つけられて、泣きたくても泣けなくて。それでも、あなただけは最後まで味方でいてくれました」


この人の近くにいると隠し事ができなくなる。不安を口に出してしまう。


「そっか。怖かったね」


情けない顔が見えないよう、その胸に僕の顔を抱き寄せてくれる。彼の胸の中で、安心して、涙を流す。


「僕は、主の味方だ。誰が敵になろうと、僕が君を守るよ。お嬢にも、玄武たちにも、ご友人たちにも、君のことは傷つけさせない」


例え殺されても仕方がない。嫌われても仕方がない。所詮は「殺し」を専門とする一族。誰かが引き受けなければならないことだとしても、罪を犯していることに変わりはない。わかっていても、苦しいものは苦しい。


「例え悪夢の中だろうと、僕は、僕だけは君の味方でいるよ」


その苦しみの中から救ってくれる彼に、すがってしまう。彼こそが、僕の救いだった。


「安心して眠りな。僕が守ってあげるから」


急激に眠気が襲ってくる。どうやら、術をかけられたようだ。


「……弱くて、ごめんなさい」


意識が飛ぶ前に呟いた弱音は、彼の耳に届いてしまっただろうか。真相を知る前に、僕は夢の中へと潜っていった。



 今度は、幸せな夢が見れた……気がする。

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