第9話 力の使い方③

 敵の正面に立ち、構える。


 訓練でわかったこと。

 自分から突撃すると、成功率が下がる。


 敵がこちらに来るまで待つ。どの攻撃なら、隙が生まれるか。形がはっきりしていない分、一撃で仕留めるのは難しそうだ。ならば、懐に入り込むのは危険。狙うは……


(背後……!)


大きく振りかぶったところを、攻撃の隙を縫いながら、背後に回る。


(まずは一発)


強く力を込めた一撃が、敵の腹を貫く。だが、ここで終わるはずもなく、次の攻撃が頭上から降り注ぐ。


(これを避けつつ、次は蹴り)


攻撃をかわし、再び背後を取る。古白さんの助言通りに体を動かす。一撃さえ入っていれば、敵は再生に入る分、スピードが遅くなり、なおかつもろくなる。完全に再生する前に体勢を整えて、もう一発。


 僕の脚が、敵の頭を破壊する。


 元々、あまり知性を持っていないとはいえ、脳はあるわけだから、苦痛と恐怖の中で死んでいくよりはマシだろう。何も考えなくて良い。苦痛は僅か十数秒。これで良かった。これが、



 ドロドロとした敵の残骸が、僕の体にまとわりつく。黒いゼリー状のそれを浴びた僕の姿は、彼女の目にどう映ったのだろう。


「……早速、嘘になってしまいましたね」


少なくとも、今の僕の姿はお世辞にも「綺麗」とは言えない。穢れたこの手では、彼女に手を差し伸べることはできなかった。


「すみません、本当に……」


本体が消失した影響で、この残骸もまた、次第に消えていく。焼けるような音と共に消えゆく穢れは、僕を現実世界に戻していく。

 彼女の目を見ることができない。少なくとも僕は、この戦いを『正しい』と思った。優しい僕が好きだと言ってくれた、彼女の期待や想いを裏切ったことに違いはない。「あまり殺しはしない」と言った直後にこれだ。ショックは、大きいだろう。


 「……授業、戻れそうですか?」


舞衣さんは、少し困ったような声で「えぇ」と答えると、自力で立ち上がり、屋上を去った。



 僕だけが、屋上に取り残される。


「無事かい?」


おそらく、僕の霊力を感じ取って来たであろう悠麒さんが、そっと隣に立つ。


「はい。なんとか」


上手く笑えているはずだった。それでも


「……強くなったね、主」


悠麒さんは僕の頭を自分の肩に寄せると


「あまり強くなりすぎなくて良いよ。泣きたい時には泣きな。君はまだ、人間でいてくれ」


どうやら、全てお見通しのようだ。あまりにも優しい声で、僕にそう言うから。堪えていた涙が、一筋、頬を伝い落ちる。


 力をつけたところで、僕の弱いところは何も変わっていなかった。

 何も守れない。たった一人の、愛する少女の心も、何もかも。

 強くなればなるほど、彼女から遠ざかる気がして仕方なかった。

 僕はまだ、力の正しい使い方を知らない。

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