第8話 わかり合えない⑤【side:霧玄】

 暴れ疲れて体力を失った神が、諦めたように動かなくなる。


「……殺せば良いじゃない」


泣きそうな声で言う神の目には、微かに、涙が張られていた。


「死にたくないのか?」

「当たり前でしょ……」

「生き残る方法もあるぞ」


一瞬、彼女の震えがピタリと止まる。


「主に今後、関わらなければ良い。何も被害がなければ、見逃すことも考えている。ある程度縛られてしまうが、お前の目的が『神守一門と関わらないこと』なら、互いに都合の良い契約を交わせるさ」


しばらく悩んだ様子を見せてから、彼女は静かに言う。


「……本当に、もう二度と関わらないと、約束してくれるのね」

「あぁ。今の主は平和主義だ。関わりたくないのなら、無理強いはしない」

「わかったわ。その契約を結びましょう」



 手続きを済ませ、お嬢の元に戻る。


「終わったぞ。怪我はないか?」


結界を解き、お嬢に手を差し伸べる。すると、お嬢は少し戸惑っていた。


「どうした?」

「あ……いえ。殺さないんだな、と」

「何故?」

「他の方々は、すぐに殺していたので」

「あぁ、そういう……」


不機嫌の原因は、やはりそれだったか。優司もそうだが、優しすぎるのも考えものだな。


「昔は俺も容赦なかったよ。だが、主が優司になって、子どもたちが生まれて……殺すことを躊躇ためらい始めた。人はそれを優しさと呼ぶのかもしれないが、俺たちの世界では甘え・弱さだ。普通はあんな感じだよ。すまない、始めに説明すれば良かった」


変に嘘をついて失望されても困る。正直に話すことが重要だと、彼女を見て思った。彼女なら理解してくれるだろう。優司のことを理解してくれたのだから。


「あいつらも、根は良い奴だよ。ただ、数々の経験で、失うことに臆病になってしまっただけなんだ。主を守りたい気持ちは、全員、変わらない。やり方は……アレだけどな」


お嬢が複雑そうな顔をする。まぁ、一度あんな戦いを見せられたら、そうなるよな。俺たちの常識と彼女の常識は違う。不信感の一つ、簡単に芽生えるだろう。


「俺たちのことが信用できないなら、それでも良いさ。だが、主だけは信じてやってくれ。主が無事なら、誰も、何も言わないから」


ここに長居するのは避けたい。話を切り上げ、彼女の手をやや強引に引く。が、嫌がる様子もなく、俺の手を握り返すと、そっと着いてきてくれた。

 子どもらしい体温が手に伝わってくる。まだ未熟で、簡単に壊れてしまいそうな手だ。


 きっと、簡単にわかり合うことはできない。俺たち夫婦がそうであったように。だが、必ずわかり合える日が来る。俺はそう信じている。

 子どもたちの未来は明るくあるべきだ。そのために、俺たち大人がいる。運命を打ち破る力を持って生まれた、俺たちが。


 俺の力は『守護』だ。

 誰にも、大切な人たちは傷つけさせない。


 例え俺が、悪になったとしても。

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