第8話 わかり合えない④【side:霧玄】

 待ち合わせの場所には、酷くやつれたお嬢が、静かにうつむいていた。


「どうした、お嬢」


その姿が昔の優司と重なり、無意識のうちに、頭を撫でていた。猫のように体を跳ねてから、少しくすぐったそうにこちらを見る。


「何でもありませんよ」


そう話す彼女の笑顔は、偽りだと、すぐに気づいた。


「……そうか。話したくなったら話せよ」


しかし、無理に聞くことはできない。優司の時もそうだったが、子どもが何か隠している時は下手に踏み込まない方が良い。俺たちにできることは、見守ることだけだ。


「お嬢、疲れていないか?」

「大丈夫です」

「じゃあ、まずは俺と主犯の元に行こう。その後、俺が護衛しつつ、お嬢に慰霊を頼みたい」

「わかりました」


心を開くには、時間がかかりそうだ。どうやら波青と悠麒の時に何かあったようだ。まぁ優司と似ている彼女のことだ。やり方に不満があるとか、そういうことだろう。


「洞窟が戦場になるかもしれない。なるべく、俺を信じてくれると助かる」


生きて帰すためにも、信頼して欲しいところ。簡単にはいかないだろうが、念のため。お嬢は利口だ。きっと、わかってくれる。そう信じている。

 彼女の前に立ち、洞窟の奥へと進む。途中、都合良く邪神化させられた神々が襲ってきた。ここの主は臆病なのだろう。彼らからの攻撃を受けつつ、お嬢に慰霊を頼む。お嬢の力は想像以上に強く、一回で、全ての神々を元に戻してくれた。


「すごいじゃないか、お嬢」


素直な感想を述べれば、彼女の表情が、次第にほころぶ。本当に優司と似ている。似たもの同士、お似合いのカップルみたいで良かった。良い子そうだ。

 しばらく歩いていると、気配が強くなった。


「お嬢、止まれ」


彼女を下がらせるとほぼ同時だっただろうか。霊力の塊が矢の如く降り注いだ。それを、盾で防ぐ。


「結界を張る。何があっても、結界から出ないように」


お嬢に言い聞かせ、相手の方を向く。


「お前が、我が主の命を狙う神か」


見た目は二十代くらいの若い女のような神だ。おそらく、遠距離タイプだろう。


「うるさい! 父上の仇は、私が……ッ!!」


なるほど、この神の父を先代が殺したのか。


「今の主は無関係だ。お前の仇は死んだ」

「そんなことは関係ない。人間はすぐに死ぬ。そして忘れ、繰り返す。二度と奴らに奪わせないためにも、一族を滅ぼしてやる!」


怒りで我を失ったか。乱雑な攻撃が何度も繰り出されていく。殺すことは簡単だ。だが。


「そうして、また負の連鎖を起こすか。お前が主を殺せば、我々従者五人は黙っていないぞ。特に麒麟は、お前たちを惨殺するに違いない」


『惨殺』というワードが悪かったのか、余計に理性を失っていく。「しまったな」と一瞬後悔するも、「ならば逆に理性を完全に飛ばすか」と考えを改め、挑発してみる。


「お前の言う通りだ。人は過ちを繰り返す。主を殺されたとなれば、反省するどころか、報復に走るだろう」

「知っての通り、我々の仕事は神の管理。主に楯突く者には消えてもらう。我々はお前たちのことを何とも思っていないぞ」

「悪いが、我々は半神だ。簡単には死なない。命が尽きるまで、お前たちに地獄より地獄的な苦しみを与えるだろう」


そこまで言うと、やっと正気を失ってくれた。荒れ狂う神の攻撃を避けながら、神に近づく。そして浮き腰で投げ飛ばし、彼女を抑え込む。これで怪我はないはずだ。


「最後のチャンスだ。利口な判断をしろ」


最終の警告をする。これで駄目なら殺す。

 神はギリギリと歯を噛み締めながら、まだ、少しだけ無駄な抵抗をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る