第8話 わかり合えない②【side:波青】

 邪神の気配が強くなっていく。近づいている証拠だ。早く終わらせよう。そして優司くんに会い、報告し、癒され、帰って寝よう。


「少し騒がせてみましょうか」


木を一本だけ斬り倒す。さて、この音にどう反応するか。


「大丈夫なんですか、勝手に切り倒して」


相変わらず、余計な心配をする人だ。どのみち、戦えば木なんていくらでも倒されるだろう。


「そんなに心配なら、後で直しますよ。少し、黙って見ていてくれませんか?」


邪魔をされては困る。ここから先は、命懸けの戦いだ。


「森を壊す不届者は、お前か?」


予想通り。ある程度、力のある奴が主犯のはず。森で力のある者の多くは、その森の守護者だ。大切な森を壊されて黙っているはずがない。


「我が主に代わり、あなたに警告します。神々を元に戻し、主に関わらないでください。これは最後のチャンスです。守れないなら……」


言い終わる前に、お嬢を人質にしようと、手を伸ばされる。

 守るつもりはなかった。しかし、咄嗟に体が動く。彼女の前に立ち、攻撃を受け止め、跳ね返し、彼女に守護の札を渡す。


「下がっていてください」


お嬢が大人しく下がる。良かった、聞き分けがいい。


「……警告はしました。殺します」


そのままじっとしていてくれ。そう願い、体制を整える。私が刀を下に構えると、敵は背後を狙ってきた。まぁ、背後を取らせるほど、私は弱くないのですが。


「おや。楽に死ねるチャンスだったのですが。痛い方がお好きですか?」


敵の右腕だけが斬り落とされる。間一髪で避けられたらしい。上級ともなれば、再生に時間はかからない。もう数秒もあれば治るのだろう。


「では、お望み通りに」


早く終わらせたい気持ちが強かった。普段なら簡単に使わない青龍の能力を使わせてもらう。


「終わりです。さようなら」


敵を草木で拘束し、刀身に毒をまとう。動けなくなった敵にゆっくりと近づくと、浅く敵の首に傷をつけた。敵の絶叫が聞こえる。

 それを無視し、大人しく待っていたお嬢の元へと向かう。


「お待たせしました。行きましょう」


戦いに無縁の人間だ。腰が抜けたのだろうか。微動だにしないお嬢に手を差し伸べると


「……なんで、こんなことができるんですか」


微かに震えながら、そんな質問をしてきた。


「主を守るためですよ。あなたも、最近できた恋人を失いたくはないでしょう? それとも、やはり神守家をおとしいれるつもりでしたか?」

「違います! 何も、じわじわ殺す必要はないでしょう!? あなたには、この悲鳴が聞こえませんか……?! 仮にも、神様ですよ……」


始めは利口な人かと思ったが、見当違いのようでがっかりする。


「だから、何ですか?」


お嬢の表情が、歪んでいく。


「私も、一応『神』ですよ。半分ですが。主を殺そうとした罪は重い。それに、苦しみたい、というのはあの神の意思です。始めの一撃を避けなければ、楽に死ねたのですから」

「そ、そういう問題じゃ……。そもそも、死ねと言われて死ぬわけないじゃないですか。抵抗するのは当たり前でしょう」

「その抵抗した結末が、これです。お望み通り、簡単には死にません。本望では?」


お嬢は私に背を向けると、静かな声で言う。


「そんな人だとは思いませんでした。今回は、彼のためです。協力します。しかし、次はないと思ってください」


始めから、こうなることはわかりきっていた。そう、我々とは思想が合わない。綺麗事だけを並べるだけ並べる、無知な一族。穢れた世界を知らないから、そこに生きる人間を軽蔑する。なら、お前たちが戦ってみろ。「優しく」と、考えている暇もない。生きるために惨殺する。人間とはそういう生き物。私もまた、神になりきれない、人間の一人。


(やはり、わかり合えませんね……)


ここから先は専門外。今はただ、お嬢の後ろ姿を眺め、後に続くことしかできなかった。

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