第3話 守るべきもの⑤【side:霧玄】

 優司たちが寝たことを確認し、窓を開ける。


「……玄関から入って来いよ」

「窓の方が入りやすいだろ? 霊体なら」

「知るか」

「まぁ、どうせ開けてくれるなら玄関からでも良かったかな。優しいねぇ、玄武は」

「どうでもいい。手短に頼む。俺も眠い」


「しょうがないなぁ」と、呑気に部屋に入ってくる悠麒。本当に、この男はいつも突然だから困る。


「どうだ、主の様子は」

「そんなことを聞きに来たのか? 別に本人に聞けば良いだろう」

「阿呆。主が素直に話すわけないだろう。あと聞きたいことはそっちじゃない」

「そっちって、どっちだよ」

「お嬢との交際で悩んでいたからな。お前たち夫婦から刺激を受ければ、少しは考えが変わるだろうと思ったが……」


どうやら、俺と同じことを考えていたようだ。だが……。


「……その様子じゃ、無理だったか」


「構わんよ」と、偉そうに椅子に座る悠麒。


「主の考えが簡単に変わるとは思っていない。せめて、お嬢の気持ちさえ理解できればそれで良い。あとはお嬢がなんとかするだろう」

「それに関しては大丈夫だ。妻が女性側の意見を教えてくれた。見たところ、理解はしているようだったからな」


そうか、と安心したように呟く悠麒を見ると、本当に優司を気に入っているのだと思う。先代にはここまで尽くしていなかった。優司の何がこの男を動かすのかはわからないが、良い傾向にある。ありがたい。


「幻覚の方はどうだ。まだありそうか?」


すぐに答えることはできなかった。頭を過ったのは、先程のやり取り。最後、優司と目が合うことはなかった。あいつが見ていたのは、俺の背後。おそらく幻覚は見ていた。もしかすると幻聴も聞こえていたかもしれない。


「……それはそうか」


俺の沈黙から、察してくれたのだろう。悠麒はそれ以上、深く掘り下げなかった。


「困ったものだな。人間にも、霊にも、神にも愛されているというのに、拒絶するとは」

「本当にな。あいつの背後には、守護霊が多くいる。神の加護も受けている。だが、あいつはそれを受け取ろうとしない。見ようとしない。まったく、あいつを愛する奴らが可哀想だ」


「愛される覚悟、って何ですか?」と聞かれた時のことを思い出す。優司に憑いている霊たちが悲しそうに訴えていた。「教えてあげてくれ」と。教えたところで、拒絶される。わかってはいるものの、彼らは希望を捨て切れない。あの優しい子の、幸せを願い続けている。声一つ、届かないと知りながら。


「相変わらずモテるねぇ、主は」


けらけらと笑う悠麒。しばらく笑っていたかと思えば、突然立ち上がり、部屋の奥へと進む。


「どこへ行く」


咄嗟に引き止めれば、


「主の悪夢を祓いに」


そう言い残し、寝室に向かった。

 ひとまず、何かやらかそうとしているわけではなさそうで安心する。たぶん霊力を補給したら帰るだろう。昔のあいつを知っているからこそ警戒してしまう。申し訳ない気持ちと、過保護すぎないか? という呆れが同時に来る。


「……わからんな」


今日はもう寝てしまおう。考えても無駄だ。

 俺は、ゆっくりと寝室に足を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る