第3話 守るべきもの④

 悠麒さんを見送り、霧玄さんの元へと走る。リビングに行くと、霧玄さんと優美さんの姿があった。


「大丈夫だったよ」


霧玄さんがお茶を飲みながら言う。ホッと胸を撫で下ろし、僕も座る。


「ありがとう。これのおかげかしら? 子どもたちも眠れていたし、私も安心できたわ」

「それはよかったです」


優美さんからブレスレットを返される。透明の玉が少し黒ずんでいるところをみると、やはり霧玄さんの考察通り、精神攻撃を一度は受けていたようだ。僕がブレスレットをつけると、霧が晴れるようにして、玉の色が透明に戻る。


「じゃあ、私は寝るわね。優司くんも、あまり遅くまで起きていちゃダメよ?」


優美さんはそう言い残すと、寝室へと向かう。残された僕らは、優美さんがいなくなったことを確認すると、すぐに仕事モードに戻った。


「いつから気がついていましたか?」

「こっちのセリフだ。わざわざブレスレットを渡していたとはな。命知らずめ」

「一般人を守ることも、我々の仕事の一つです。念には念を、ってやつですよ。精神攻撃があるとは思いませんでした。次、霧玄さんが答える番ですよ」

「気がついたのは、攻撃を仕掛けた時だ。霊力越しに負の感情が伝わってきて、ようやくな。お前がブレスレットをしていないから、それが弾け飛ぶくらいの、相当な強さの敵かと。で、心配して戻ってきたら妻がブレスレットを手にしていた。お前を危険に晒していたと思うと、ゾッとするよ」


ふいっ、と他所を向けば、それにカチンときたらしく、霧玄さんは僕の頬を片手で包み


「主としての自覚はいつになったら芽生えるのかな? お前は」


にこにこ笑い、ギリギリつねられた。


「頭首だからですよ。従者や、その家族を守ることも仕事です」

「主を失って、自分の無事を喜ぶ従者がどこにいるんだ。言ってみろ」

「す、すみません……」

「わかってないだろ、お前」


呆れたように苦笑いされたが、どうやら怒っているわけではなかったようで、安心する。


「まったく。いつになったら、愛される覚悟を持ってくれるのかな」


そう呟く彼は、目を伏せて、お茶が揺れるのをつまらなそうに見つめていた。


「愛される覚悟、って何ですか?」


僕が問えば、彼は少し目を見開くと、静かに、どこか哀しそうに答える。


「お前を愛する者のため、自己犠牲をせず、自分自身を大切にしながら周りを助ける。愛されていることを自覚して、その愛を受け入れる覚悟を持ってくれ、って意味だよ」


とは言われたものの、それを素直に実行できる身ではない。

 現に、霧玄さんの背後の幻覚に言われる。


『お前は幸せになってはいけない』


その通りだと思う。僕にできることは、誰かの幸せを願うことだけ。罪人の僕が、幸せになる資格はない。

 僕は黙って笑顔で誤魔化すと、逃げるようにして寝室に向かった。彼の善意は受け取れないが、傷つけたくはなかったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る