第2話 その恋は罪か②

 「主、落ち着け!」


息ができない。視界がぼやける。苦しい。


「……僕が悪かった。ごめんな、主」


どうしてこの人が謝るのだろう。傷つけたのは僕なのに。でも


「大丈夫。落ち着いて、息を吐いて」


その両腕に包まれて、安心する。彼のやや速い心音だけが響く。心地良い。あたたかい。


「……落ち着いたかな?」


小さな子をあやすように、僕の頭を撫でながら微笑む悠麒さん。いつまで経っても、僕はこの人から離れられない。


「ごめん、なさい……。その、手……」

「大丈夫。この程度の傷……ほら、治った」


人間でない彼の回復力は凄まじい。二、三回程手を振ると、次の瞬間には治っていた。彼は、僕に甘い。その優しさに、つい甘えてしまう。そんな自分が情けない。


「……主、落ち着いて続きを聞いて欲しい」


僕の右手を握ったまま、彼は話し始める。


「僕は、君に幸せになって欲しいんだ。それを君自身が許せないのはわかる。でも、せっかく幸せになるチャンスが回ってきたんだ。お嬢は強い。きっと主を支えてくれる。本当に彼女のことを想うのならば、受け入れてあげなよ」


そんなことを言われても。渋る僕の顔を、その両手で包み、自分の目を見せるように、正面に向かせる。


「僕は主の側近だよ。君の想いを知っている。彼女が、ずっと好きだったんだろう? 相手が相手だから、想いを殺してきた。でも、もう、君の想いを隔てる者はいない」


遠い昔に、そんなことがあった気がする。だが


「……想いは僕が殺しました。もう、一欠片も残っていませんよ」


あの日から記憶もなければ、感情も乏しい。『好き』というものがどんなものだったのか、覚えていなかった。


「想いが消えることはない。共にいれば、また芽生えるさ」


長い時を過ごしている彼が言うと、正しいことのように聞こえる。


「……良いのでしょうか。まるで父の死を利用しているようで、気乗りしません」

「人は必ずいつかは死ぬ。死んだ人間のことを気にしていたら、世の中、生きていけないよ。囚われ続けることこそ、良くない」


「僕がそうであるように」なんて、多くの人の死を経験してきた彼に付け加えられたら、反論できない。


「一度、断ってしまいました。今更、許されるでしょうか」


彼女の心を傷つけてしまった。今更、合わせる顔はない。


「僕が彼女の立場なら、ちゃんと考えて、受け入れてくれた、って嬉しいけどね」


トントンと、悠麒さんが僕の背を優しく叩く。


「明日、ちゃんと伝えて来な。君のためにも、彼女のためにも」

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