第3話
「よくもやってくれたな……ローズ!」
正式に国王陛下の公妾になることが決まり、私は一週間ぶりに夫と面会することになった。
城にやってきた夫はこれでもかと顔を顰め、呪い殺そうとしているんじゃないかといわんばかりの目で睨みつけてくる。
「私の妻でありながら、勝手に公妾の話を受けるだなんて常識を疑う! 貴様は私に恥をかかせるつもりか!?」
王城の応接室で顔を合わせた夫がいきなり怒声を浴びせてきた。
籍はまだ侯爵家にあるものの……私はすでに国王陛下の愛人になることが決まっている。
公妾は国王と王妃の許可なく外出は出来ないため、城の一室での面会となったのだ。
「恥をかかせるだなんて心外です。むしろ、
「グッ……その仕返しのつもりか。なんて陰険な女だ! 夫婦喧嘩に国王陛下を巻き込むだなんて、貴様には王家に対する忠誠心はないのか!?」
「おや? 公妾になるのはとても名誉で、忠義あることではないですか。王家への忠誠心を疑われる覚えはありませんわ」
「それは……!」
「それに……妻が公妾になるのが嫌だったら、この話を断れば良かったではありませんか。どうして受けたのです?」
いかに私が冷遇されるとはいえ、夫の許可なくして公妾になることは認められない。
私が公妾になることが決定したということは……すなわち、夫が王家からの提案に頷いたということである。
「それは……仕方がないだろうが。認めなければ、私とマリーとの関係をバラすと言われたのだ。平民の女と浮気をして、妻をないがしろにしていることに罰を与えると……」
夫は苦々しい顔で、吐き捨てるように説明する。
国王陛下……というよりもカトリーナは、夫の女性関係を全て洗い出し、それを取引材料にしたのだ。
平民の女に入れあげて貴族の妻をないがしろにするなど、公になれば他の家との信頼を失う行為である。
ましてや、閨で妻を「愛人」呼ばわりしたことがバレようものなら、浮気者以上に人間性を疑われかねない。
「これで俺の計画はパアだ……マリーの産んだ子供を跡継ぎにするつもりだったのに……」
夫が肩を落とし、明らかな失言を漏らす。
どうやら、マリーという浮気相手の子供を私が産んだことにして、正式な次期当主にするつもりだったようだ。
どこまでも馬鹿にしてくれる男である。私の人生を何だと思っているのだろう?
「どうやら、国王陛下の公妾になったのは正解だったようです。あと少しで、見せかけの侯爵夫人として使いつぶされるところでした」
「ぐう……」
「私がいる限り、マリーとやらが産んだ子供が跡継ぎになる未来はありません。侯爵家を継ぐのは、
そう……夫が激怒している最大の理由はそこだった。
公妾というのは国王の愛人ではあるものの、戸籍上はすでに嫁いでいる家の人間として扱われるらしい。
つまり、私が産んだ子供は侯爵家の継承権を有しているのだ。
王妃の子供……つまりカトリーナが産んだ王太子にもしものことがあれば新しく立太子されることになるが、順当にいけば王家から外に出され、戸籍上の家を継ぐことになる。
「侯爵家を継ぐのは貴方の子供ではない。陛下の子供ということになりますね?」
「グ、ウウウウウウウウッ……!」
現実を突きつけると、夫が獣のような声を上げて項垂れた。
公妾になるのは未亡人や、子供ができなかった家の夫人……つまりは種無しの夫を持った女性がなるものと決まっている。
それは跡継ぎを作ることができなかった貴族家に、王家が代わりに種を渡すという意味合いもある制度だったのだ。
私が公妾となったことで、夫は子供ができない男として認定されたことになる。
「社交界は貴方の噂でもちきりだそうですよ……『種無し侯爵』様?」
「あああああああああああああっ! お前のせいだ! お前が勝手なことをしなければ!」
さんざん馬鹿にしていた私から煽られて、とうとう夫の堪忍袋の緒が切れてしまった。
椅子から立ちあがり、私に掴みかかろうと迫ってくる。
「きゃっ!」
「ローズ様に何をする!」
「この不届き者め!」
夫の手が届くよりも先に、控えていた護衛が取り押さえる。
信用できない相手と顔を合わせるのだ。当然ながら護衛くらい用意している。
「離せ! 離せえええええええええええええっ!」
護衛の騎士に取り押さえられながらも、夫はジタバタともがいて私に手を伸ばしてくる。
床を転がりながらも必死に手を伸ばす姿には、ある種の執念のようなものが感じられた。
「やれやれ……王城で騒ぎを起こすだなんて礼儀のない輩がいたものだな」
「あ……」
「うえ……!?」
応接室の扉が開いて、一人の人物が部屋に入ってきた。
その人物の姿を見るや……私は立ち上がって頭を下げ、夫は床に組み伏せられたまま顔を引きつらせる。
「どうやら、君には罰が足りなかったようだね……侯爵」
「こ、国王陛下……」
部屋に入ってきた人物はこの国の最高権力者。
カトリーナの夫である国王――ルイス・メルエル陛下である。
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