第4話

 部屋に入ってきた人物はこの国の最高権力者。

 カトリーナの夫である国王――ルイス・メルエル陛下である。


「申し訳ありません……私の夫が」


「構わない。君が悪いわけではないことは知っている……そうだろう、侯爵」


「う……」


 ルイス陛下が夫を見下ろし、虫けらでも見るような目になった。


「私の愛妾に暴力を振るおうとするとは良い度胸だ。侯爵は王家を軽んじているのか?」


「そ、そんなことは……」


「ならば現状に不満を言う理由はあるまい? 王の子を自分の跡継ぎとして迎えることができるのだ。名誉なことではないか」


「う……」


 夫が言葉に詰まった。

 ここで否定の言葉を吐いてしまえば、それは王家を軽んじていると言っているのと同じである。

 どれほど不服であろうと、口を噤むしかなかった。


「言っておくが……ローズが産んだ子供以外を跡継ぎにするのは認めない。たとえ貴様が他の女と何人子供を作ったとしても、その子供らに侯爵家の血筋として継承権は発生しない。お前が『種無し』であることは公の事実として認められた。何をしても覆ることはない」


「…………」


「わかったら、さっさと帰って侯爵家を盛り立てるように励むんだな。俺の子のものになる家を?」


「ぐうっ……う……」


 夫が立ち上がり、肩を落としてトボトボと部屋から出て行く。

 夫は私が子爵家の人間であることを良いことに、あからさまに軽んじた態度を取っていた。

 爵位へのこだわりが強いがゆえに、上位者である王族には逆らう意思など持てないのだろう。


「いつから話を聞いていらしたのですか、陛下?」


「最初からだよ、ローズ。カトリーナがお前のことを心配だと泣きつくものだからね」


 私の問いに国王陛下が肩をすくめる。

 国王陛下はカトリーナのことを溺愛しており、彼女のためならば平気で仕事を放り出し、王の権力を存分に使うほどだった。


「私は……私達夫婦は君に本当に感謝しているのだ。君が公妾になってくれて、本当に助かっている」


 ふと思い出したような口調で国王陛下が言う。


「第一子の出産後、カトリーナが次の子供を望めないことがわかった。王家の血筋を守るために他の女性を抱く必要があったのだが……カトリーナが嫌がってね。私としては妻の意に反して妾を抱くつもりはなかったが、そのせいで臣下が『王妃のワガママで王家の未来が危ぶまれている』などと騒ぎ立てるようになってしまった。カトリーナを王妃から下ろすべきだなどと主張する者まで出る始末で、対処に困っていたのだ」


「はあ、そうだったのですか?」


「だから、カトリーナが納得する君が公妾になってくれて本当に助かった。君が王宮に来てから、カトリーナは本当に楽しそうだよ……夫の私が嫉妬してしまうくらいだ」


「ははっ……」


 私は乾いた笑みを漏らした。

 冗談めいた口調であるが、国王の瞳には本当に嫉妬と執着の感情が宿っている。

 私とカトリーナが親しくしていることにジェラシーを抱いているのは、本当のようだった。


「公妾としての立場をわきまえ、王妃様のために心から尽くします」


「そうしてくれると助かるよ。侯爵家のことは適当にあしらっておくから、これからもよろしく頼む」


「はい」


 私はほんの少しだけ、カトリーナのことが羨ましくなった。

 こんなふうに一途に愛を向けられる人がいてくれるだなんて、本当に幸福なことだと思う。

 恵まれない結婚をして、そこから逃れるために公妾という日陰者の道を選んだ私には、カトリーナが得た幸福とは生涯無縁なことだろう。

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