第38話 カチコミっ!

「おいおい……ここも警備の数が凄いじゃないか」


 モフモフに跨がり移動した為、俺とツクモは一瞬にして街への入口まで戻ってくることに成功した。普通に歩きながら戻ろうとしていれば、何度も見つかっていただろう。


 騎士兵団側からすれば俺とツクモはもうこの世には存在していない死者扱いだろう。俺等が生きていると知られれば、もしかしたらヒュノの身に危険が迫る可能性だって十分有り得る。


 街の中へと通ずるゲートは何ヵ所も存在する。だが、今はどこもすんなりと入れそうにもない。


 一人ひとり顔や積み荷の中身をチェックを行い、厳密に時間をかけて行ってから街の中へ通されていた。モフモフがいる時点で怪しいし、俺とツクモの2人で検査を受けたとしても深く被ったフードを脱がされた段階で気づかれてしまうだろう。


「どうしようかしら。正面突破は現実的ではないし、跨がって外壁を登ってもすぐに見つかりそうね……」


 ヒュノさえ居てくれたら、門番を眠らせて堂々と中へ入れるのだが、俺達にそんな得意技は持ち合わせていない。


「仕方ない……目立つのも騙すのも好きじゃないんだが……」

「何よ……急に取り出して……て、それ何?」


 俺は変装用の小物一式を取り出した。男性用と女性用のペアルック。俺の手作りである。


「ヒュノと背丈が一緒だから着れそうだな」

「……はぃ?! もしかしてこれを着れって言うんじゃないわよね?!」


「服装が同じなら兄妹かカップルに見えるだろ?」

「カ……カップル?!」


「嘘をつくのは嫌いだが、穏便に突破するには門番に納得してもらえるような嘘を用意しないとな。モフモフは森でお留守番な」

「お主等と一緒にするでない。我は先に行くぞ」


 モフモフはそう言って姿を消したまま外壁を登って行ったようだ。

「認識阻害系の術を使って姿を消せるなんて、モフモフのポテンシャルは高いなっ!! さぁ・・、俺達も」

「『さぁ』じゃないわよ! 私達も跨がって登ったら良かったじゃない!!」


「いやいや、俺達は認識阻害魔法を体得していないから、モフモフに跨がったとしても俺等の姿が丸わかりだろ?」

「ぐっ。そ、それは……」


 文句を言いつつもツクモは俺が用意した服に着替えてくれた。


「何よジロジロ見て……」


 ヒュノが不定期市でお店を出しているときに着る用として作らされた衣装なのだが、ヒュノの拘りが多すぎた為、完全にヒュノが着るであろう仕様になっていた。


 スカートのプリーツの幅はミリ単位で細かい手直しを何度もさせられ、肩を出したいから少し裂いたようなカントリー風のダメージ加工にしろとせがまれた結果、1着作るだけで何日も徹夜されたのだ。


 ヒュノは胸やお尻はある方なので窮屈にならないように細かな採寸を強いられて作った。ツクモからすれば少し緩かったようで、少し屈んだだけで胸が見えちゃちそうな位、微妙にだけ緩そうだ。スカートも少しだけサイズがあわず、身体にフィットしていないようで、風で捲りあがらないようにずっと手で抑えている。


 う~~ん。


 控え目に言って、凄く有りじゃないか! 


 ヒュノだからこそ似合うポップなしあがりの色や大袈裟なくらいのリボンもツクモからすれば未知の領域だろう。


 したくもない格好にさせられつつ、俺なんかと恋人役を演じさせられるツクモの表情は出来ることなら絵にでもして飾って残したいくらいである。門番も空気を読んだのか、それとも俺達2人から発せられていた複雑な表情に怖じけずいたのかはわからないが、詳細なチェックも簡易に済ませ、俺達と目線を合わすことなく街の中へ通してくれた。


 ツクモの涙眼に合わせる顔がなかったのかもしれない。


「よし、俺達もすんなりと通れたぞ」

「私は何か大切なモノを失った気がするわ……」


 大きなリボンが重たすぎるのだろうか。項垂れるかのようにツクモは崩れ落ちていた。


「さぁ早いところヒュノと合流しないとな」


 俺は先を急ごうとしたとき「待って」と小さく呟かれ止まった。


「……どうした、ツクモ」

「私はあの娘と本当に助けるべきなのか、わからない……」


「おい、どうしたんだ急に……」

「私のお兄ちゃんが失踪して、私のお母様もドルミーラ教にのめり込んで家族はバラバラになった……私があの娘を助けたいって思っているのかわから……ないわ」


 ツクモの言い分も十分にわかる。ドルミーラ教という宗教が無くなれば、自分が負った過去の傷の復讐の一矢になるのかもしれない。


「なるほどな」

「ライザ。貴方はどうなの……貴方のお父様がドルミーラ教を庇うような事を言ったが為に、世論と解離のあった行動や言葉は悲劇を招いた。英雄の称号は剥奪され、嘘つき呼ばわりになった事で貴方も相当嫌な想いをしてきた筈よ。それでも……」


『それでも、ドルミーラ教のヒュノを助けるのか』


 ツクモの言う通り、俺は嘘つきや腰抜けの息子というレッテルを貼られ背負いながらこれまで生きてきた。ドルミーラ教に対しての嫌悪感が無かったかと聞かれれば「無くはない」という回答が本音。


 だが、逆もしかりでヒュノと出逢えたことで真逆の想いも同時に抱くようになった。独りに慣れていた俺の生活を良い意味で見事にかき乱してくれている。


 今までの経験の積み重ねにより築きあげた俺なりの固定観念を土台どころか、杭ごと引っこ抜いて粉々にしてくれた。ドルミーラ教は果たして本当に存在そのものを悪としてこれからも捉え続けていいものだろうか……その疑念の答え合わせができるのも、ドルミーラ教であるヒュノが生きているからこそだ。


『今なら固定観念以外の思想が生まれるかもしれない』


 だったら……俺はツクモの手を掴んで進む。


「ちょっと……話はまだ……」

「ヒュノがいない所でドルミーラ教の話をしたからって献身的な言葉なんて生まれないさ。ヒュノがいないと……な」


「でも、私はあの娘を連れ戻す……」


(覚悟がない)


 ツクモの消え入りそうな声。終焉を迎える蝋燭の炎のように弱りきった灯りはまさに呼吸を停止させるかのよう。


 自分の存在を小さくし、この世に別れを告げようとしている様と変わりない。息子が行方不明になったことで、ツクモの母親はドルミーラ教のヒュノを崇拝した。


 ツクモの家庭が崩壊する程にのめり込んだ。


 眠りを誘い、夢を操る彼女の能力があれば、受け入れがたい現実さえ夢にしてくれるのでは、と期待したのかもしれない。


「息子がいない現実は実は悪夢で、目が覚めたらまた平穏な日常が返ってくるかもしれない。そんな自分勝手で都合の良い解釈に溺れたくてヒュノを求めたのかもしれないな」


 ツクモだって気づいている筈だ。ヒュノにそこまでの力があるわけではない。


 ほんの少しだけ天然で、

 ほんの少しだけ寝相が悪く、

 ほんの少しだけ売り方が強引なだけだ。


 たとえ、


 好物がマンドラゴラであっても、

 人語を話す鳥を丸焼きにしようとも、

 神獣を晩御飯のメインディッシュにしようと提案してきたとしても、


 ヒュノは普通の女の子だ。俺やツクモと一緒に過ごした彼女は、俺達が想像していたドルミーラ教の教祖の姿とは掛け離れている。


 思い込みと現実とは所詮そのくらいだ。


『ドルミーラ教が神獣を操り人類を滅ぼす』


 なんて事は、人間が勝手に思いついた悪夢に過ぎない。


「ドルミーラ教のせいでツクモの日常が無くなったのは事実だ。お兄さんも未だに見つからないのも事実だ」

「うるさい……うるさい、わかってる!!」


「俺達が逢ったヒュノも事実だ」

「言われなくてもわかってる!!」


「ドルミーラ教を、ヒュノを受け入れてやれ……とは俺は言わない。だけど、ツクモのお母さんは、ドルミーラ教と出逢えた事で苦しい気持ちが軽減できていたとしたら……」


『嬉しいよな』


 こんなものは想像だ。俺みたいな他人がツクモの母親の気持ちなんてわからない。


「……どうして」


 ツクモの声が漏れ出す。


「どうして、ライザは……優しいの?どうしてライザが嘘つき呼ばわりされないといけないよ?! どうして、嘘みたいに優しい馬鹿ライザも、寝ぼけているかのように無欲で純粋なあの娘の事も、街の人は誰も気づこうとしないのよ……どうして」


 俺は応えず無言のままツクモの手をひいた。


「俺達がヒュノの味方だったらそれで良いじゃないか」


 ドルミーラ教の信者じゃなくても、ヒュノの傍にいて構わない。お互いがそう望んでいれば良いことだ。ヒュノとツクモを眠らせたのは俺達を助ける為だった。


 騎士兵団は約束を悪用し、俺達をモンスターの餌にしようとした。ヒュノの純粋な気持ちを踏みにじった奴等から、ヒュノを取り返さない理由なんてない筈がない。


「助けに行こう」


 俺達はそう話しヒュノのいる場所へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る