第29話 捜査僕らは

「今日はやけに賑わっているね~」

「おかしいわね……今日は賑わう日だったかしら」


 不定期市も今日は開催しておらず、通常であれば人の流れは少ないと思っていたが、予想よりも多い印象を受けた。人は多い方が隠れながら進みやすいので助かるのだが、同時に詐欺も横行しやすいのも事実。


「ねぇ、ライくん。どうやって、ドルミーラ教徒さん見つけよっか?」

「張り込みして怪しい人間をマーク……かな」


「あんたねぇ……3人がずっと同じ場所で張り込みなんかしてたら、それこそ怪しい人物でしょ?」


 ツクモさん、ごもっとも。


「ほ? 私達ドルミーラ教だから別に良いんじゃない~?」


 いやいや、そういう問題じゃないだろ。ってか『私達』って何だよ! いつから俺とツクモが入信させられたんだよ。


「あんた本当に頭がのんびりし過ぎているんじゃない? 騎士兵団も動いているって事は、当然彼等も巡回しているに違いないわ」


「じゃあ、ここはそれぞれバラバラに別れて街中を歩いてみて、1時間後に合流でどうだ?」


「ちょっと!! あんた、この娘を単独にさせる気? 騎士兵団に見つかったらどうする気よ?」


 当然の心配である。だが、今日のヒュノが着用している上着は俺が作った試作品の中でも上玉だ。着用するだけで認識阻害率を微増させられる優れものだ。その点は大丈夫だろう。


「騎士兵団も暇じゃない。彼等の巡回をしていたとしても闇雲に動かず『聞き込み』をしている筈さ」


 俺はツクモにそう伝えると一旦は納得してくれた。それから俺達は3手にそれぞれ別れ、街に溶け込む事にした。


「……さて、やっと独りになったものの、どうしたものかな」


 俺は気づいていた。既に俺が張り込みをされている事に。ツクモの魔法で怪しい人物が家の近くにいるのは事前にわかっていたが、どうも視線が気になる。


 ツクモとヒュノがいる間は俺達に接触しようとはして来ず、ある一定の距離を保っていたようだ。


 単独になった途端に気配を身近に感じるとなると……狙いはやはり俺のようだな。俺は急に進路を変え細路地へと小走りに移動した。俺をつけている人間は慌てて追ってきた。


「なっ……ライザの奴、消え」


 俺は街の角を利用して、追手の視界から消えた瞬間に壁を使い跳躍し、後ろへと回り込んだ。


「後ろだ。まさかあんたにつけられているとはな、ルーカスさんよ?」


 尾行されていた犯人は商工会のルーカスだった。


「ちっ……嘘つきライザの癖に」

「……で、何用だ? 俺はあんた等のルール通り商店を出さず不定期市でしか販売してない。何も違反していないが何故俺は追いかけられないといけない?」


「五月蝿い、ゴミの分際でツクモさんに近づきやがって!!」

「ツク……モ? あいつと知り合いか何かか?」


「惚けるなっ!! 商工会会長の娘さんであるツクモさんに近寄るだなんてタダで済むとは思うなよ」


 へぇ。ツクモは商業に携わる人間とは聞いていたが、まさか俺の苦手な商工会の関係者とは思わなかった。


 昔から良くは思っていなかったドルミーラ教の代表のヒュノに、独自に開発する俺の作品を良くは思っていなかった商工会の代表の娘がツクモ。


 俺が毛嫌いしていた団体だったのに、そんな2人と普段過ごしているなんて不思議な気分だ。


 俺はヒュノもツクモも嫌いじゃない。2人とも人間味のある素敵な人達だ。ヒュノが生きていてくれたからこそドルミーラ教に対する偏見が無くなった。


 もしかしたら、商工会の事も俺が良く知らないだけで、本当は良い団体なのかもしれないな。


 いや、ツクモが会長の娘なのだからきっとしっかりしていてマトモな団体だろう。


 ルーカスは刃物を取り出し、俺を襲おうとして来た。殺意は握られた刃物へと伝わり小刻みに震えながら直進してきた。


 森の中でモンスターを闘うことに慣れた俺が、まさか街中で戦闘になるとは思わなかった。


 しかし面倒だな。


 挑まれた決闘だなんて、素材稼ぎにもならないし、食材も手に入るわけでもない。


 俺は早々にケリをつけるべく、彼の手首を軽く下から叩き握力を無力化した。


「グッ……」


 怯んだルーカスの膝に衝撃を加え、膝折れを行い、体勢を崩した彼の腕を掴むと固めた。


「うぎぃいい」

「すまんな。親父譲りの騎士兵団式体術だ。これ以上は少しでも力を入れると腕が折れるかもしれないが俺の質問に答えてくれるよな?」


「だ誰がっ……いぎぁあ"あ"」

「勘違いするなよ。悪いがこれは商人お得意の取引じゃないぞ? 命令だと捉えてくれ」



「ちっ……」

「俺をつけた理由はなんだ」


「……ツクモさんだ」

「商工会会長からの差し金か?」


「会長は関係ない。お、俺の独断だ」


 だろうな。俺の体術ごときで無力化されているだなんて、ヒットマンとしては中の下クラスだ。


「何故そんな事をした?」

「……」


「仕方ない。綺麗に折るから安心しr」

「わかった。こ、降参だ。ちっ……しょう。す、好きだからに決まってるだろーが」


「す……あぁ。それでか」


 察した俺は彼の腕を開放した。痛がる腕を大事そうに抱えていたルーカスだったが、俺は彼の理由を聞いて「頑張れよ」との意味を籠めて彼の肩をポンポンと叩いた。


 しかし、ルーカスは痛みに耐えきれず悶絶していた。


 何だよ、好きなら好きって最初から言えよ。こそこそついて来やがってムッツリな奴だ。


 気になるツクモが俺の家に頻繁に来たから何かあるのではと思い俺をつけてきた類いの件だな。


 安心しろ。俺はツクモに対して手は出していない。


 ……むしろ、ツクモに手を出しているのはヒュノの方だ。ヒュノはツクモを昏睡状態にしては抱きついたりしているからな。


 ツクモもヒュノの抱き枕にされるってわかっていて訪問してくるからな。もしかしたら、そっち路線なのかとむしろ疑ってしまう。


 だが、安心しろルーカスよ! 俺はツクモの「あっ……やめて」という艶やかな声を多数聞いているだけであって、全くの無罪だ。


 気にするな!


 ドルミーラ教であるヒュノを狙った奴の犯行を疑ったが、ルーカスの反応を見るに嘘はどうやらついてなさそうだ。


 恋は盲目とはこういう事なのだろう。


 俺はルーカスの犯した罪を咎めることはせず、ツクモに商売に関する知識を教えてもらっていたと伝えると安堵の表情を見せた。


『ツクモは商工会側の人間』


 この事実を知り獲た事は俺にとってプラスなのだろう。商いに携わっているツクモが商工会に属しているのには少し驚きはした。


 同時に疑問も抱いた。


 ツクモが商工会側の人間であれば、俺の事を『嘘つきライザ』という事実は把握している筈だ。


 それに、商売の許可が貰えない『半端者』であることも、不定期市で生計をたてている俺を見れば容易に想像できる。


 俺の造るアイテムや装備品は全て『本物』ではない。


 本物のような見た目をしているが、中身が伴わない『紛い物』なのだ。何を作っても+1の能力しか付与できない、生産者としては致命的な能力。


 それが俺なのだ。


 そんな俺にも関わらず、ツクモはなぜ俺の家に来ていたのだろうか。


 目的は俺ではないのか。


 だったら……


 俺の頭の中に広がった思考の大海を泳ぎきった先に、ある結論へと到達した。


『訪問の狙いは俺ではなく、ヒュノだったのでは?』と。


 だとしたら、ツクモがヒュノの生命を奪うタイミングを虎視眈々と狙っていたのであれば、毎日のように訪問していたことにも一定筋は通る。


 無論、俺の思考内で組み立てただけの推測であり、筋は荒々。ツクモがヒュノの生命を奪う理由も目的もよくわからない。


 だが、疑いの1つとして持っておく事は損では無さそうだ。俺はルーカスと別れた後、いち早く合流する為、ヒュノのもとへと急いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る