第22話 教祖は壺を持たない

「はぁはぁ……ここまで逃げれば追っては来ないよね。もう私、無理だからね……」


 人混みを縫うようにして逃げてきた俺達。ツクモは走るのがあまり好きではないようだ。


 蜘蛛型モンスターを追えたのも体力に自信があったからではなく、行方不明の兄の関連する可能性があった為、無我夢中で追いかけたのだろう。ツクモは上級冒険者ではあるものの、高難易度のモンスターを討伐する依頼はまだ受けてはいないそうだ。


 上級冒険者と言っても熟練度はピンからキリまであるし、何を極めているかで向き不向きもハッキリしてくる。ツクモのように、剣も魔法も扱えるユーティリティーは重宝するが、どれも一級品かと問われると……と言ったところであろう。


 全てが万能な冒険者はいない。


 邪神や神獣をも凌ぐ冒険者なんてそう簡単には現れない。


「ね~。急に走ったから汗かいちゃったし、お腹もペコペコだよ~」


 ヒュノよ。あんたは食べる事か寝る事しか考えてないのかよ。一体誰のせいで全力疾走を強制されたと思っている。


 俺も久しぶりに走った。それはもう、指先までピンっと伸びきった状態で背筋良く風を切るようなフォームで走り抜けたさ。


「ちょっと休憩ぃ~」

「ちょ……おま」


 座りこんで休んでいたところ、急に俺に凭れかかってきたヒュノさん。汗かきな俺は人一倍汗かいているというのに、俺の気持ちなんて酌むことなどせず勝手に倒れてきやがって。


 しかし、そんな事よりヒュノがいい匂いがして困る。甘いというか、さすが女の子!っていう言葉では表現できない、良い匂いがするんです、それ以上近づかないで下さい。


「ヒュノさぁ、商品を手渡すときに相手に何かしているのか?」

「ほ? 何かって何?」


「魔法というか呪いっていうか、術的な何かだよ」

「人聞きの悪いこと言わないでっ! 私は人食い魔女じゃないよ?!」


『人食い魔女』とは古くから伝わる絵本であり、俺の住んでいたタールマイナでも有名だ。子育て世帯の2軒に1冊はあるくらいの誰もが知るお話。


 絵本だけあって内容はシンプル。森に迷い込んだ子どもが魔女と出会い、お菓子を作るから家に来ないかと誘われる。


 行くと言うと、不思議なおまじないをするからもっと近くに寄りなさいと催促され、近づくと、子どもの身体がお菓子になってしまい、最終的に魔女の口へと運ばれる……という結末だ。


 子どもの頃はこの話が怖くて、迂闊には森に近づけなかったのを記憶している。


 大人からすればそれが狙いで、子ども独りで森へ行かないようにする為の絵本なのだろう。


「あら、それはどうかしらね。他人を惑わして多額の金銭を巻き上げてるし、貴女も十分人食い魔女じゃないかしら?」


 ツクモはボソリと呟くように言った。


「言い得て妙だな」


 ヒュノに人を惹き付ける才能が備わっており、彼女が一度何かを売れば、それは教祖からの施しを受けた信者との関係を築いてしまう。全員がそうなるとまではいかないが、ヒュノの魅力に魅了され陥りやすいタイプの人間であれば先程の人のようにイチコロなのだろう。


「ライくんまで酷い事を私に言っている気がする~」

「酷いのはどっちの方だよ。ヒュノのせいで眼がキマッていた変な人間に追いかけられる羽目になったじゃないか」


「いやいや、ライくん。あの人は『壺か本が欲しい』って言っていたよ?ライくんの商品が気に入ってくれているリピーターさんの声を聞けたんだから、褒めてほしいな~」


 誰が褒めるか。頭撫でて欲しそうに俺の方に傾けてきやがって。生憎、壺や本は俺の家には置いてはおらず、リサイクルして売りたいとも思った事はないし、造りたいとも思ったことも更々ない。


 ヒュノの言葉をそのまま鵜呑みにして過ごしていれば俺は知らず知らずのうちにドルミーラ教の布教用品を造らされてそうで怖い。


 ヒュノは眠りの力を宿す。


 そして一度彼女の術にハマれば身体も心も操られてしまう。そんな彼女の力に人々は縋ったり恐怖したりしていたのだろう。


「ねぇ、いつまでここで涼んでいる気かしら。いつまたさっきみたいな熱烈信者に追いかけ回されるとも限らないわ」

「だな。そうなったらツクモを置いて逃げるしか選択できないからな。そのカードはまだ残しておきたい」


「ちょっと! それって遠回しに『ピンチになれば私を犠牲にして逃げる』気満々じゃない!」


 バレたか。


「大丈夫~。つくもんは私が責任を持って預かるから」

「あんたが一番信用ならないわよ」


「一旦家に戻るか?」

「それも嫌よっ! まだ羽交い締めの悪夢が起きたら泡拭いて倒れるわよ?」


 ツクモよ。無抵抗で倒れてたら「つくもんを介抱しなくちゃ」とかなんとか言いながら添い寝されるのがオチだぞ。むしろ逆効果だ。


「じゃあ、寄りたい所あるから行ってもいいか?」

「良いわよ……って、ここギルド管理組合じゃない」


「そうだが?」


 俺達はギルド管理組合の入口まで移動したが入る直前になってツクモの脚がピタリと止まった。


「嫌よ私は。パスよパス。外で待っているから用事済ませて来なさい」


 聞けばギルド管理組合の扱う情報に偏りがあって、商売をしている者からすれば良く思わないと感じる節が多いらしい。


 ツクモも商売をしている身だからあまり関わりたくないとのこと。ツクモが商売の何をしているかは知らないが、強制する程大事な用でもないし……無意識に強制するヒュノと違って俺は他人の意思を尊重するタイプだ。


「ほ? どうしたの私の顔に何かついてるの、じっと見てさ~」

「食べ残しが……な」


「んぇ?!! 素焼きだったから何も気にせずムシャムシャ食べちゃってたよ~不覚ぅ」


 なんてな。


「ほら、早く行かないとヒュノも置いてくぞ?」俺とヒュノはギルド管理組合の入口をくぐった。

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