第21話 果報は寝て待て

「やべっ……本当に寝てしまっていた」


 身体は正直者だ。夜更しが続いたせいで休息を求めていたようだ。売場を確保し、商品をヒュノに渡した所までは記憶しているのだが、それ以降は全く記憶にございません。


 気がつけば、盛大だった不定期市もピークを過ぎていたようで、買い物に訪れた客の人数も目視で確認できるまでに落ち着いていた。


 それでも、不定期市から聞こえてくる音や声は沢山ある。「どうぞご覧ください」と促す声と小銭が相手に手渡された音が耳に入る。


 音だけじゃない。


 少し焦がした肉の香ばしい匂いもすれば、焼き菓子のような甘い匂いもやってきた。食べ物の匂いが本格的にしてくるのは昼前あたりから。


 俺は深い眠りに堕ちていたようで、何時間も意識を失っていたようだ。徹夜の作業だったとはいえ、そのまま起きているのには自信があった。


 モンスター討伐へ出掛け朝帰りになる親父を、昔はずっと起きて待っていたものだった。暇潰しとして親父の作業机を借りて物を造りつつ、ワクワクしながら待っていた。親父は強い。


 モンスターに殺られ死んでしまうだなんて事は全く心配していなかった。


 そんな夜更しに強い俺が寝るようになったのはヒュノが俺の家にやって来てからだ。眠りを操る彼女が傍にいることで俺の眠気が促進されているような気がする。


 無理矢理眠らされているのか、それとも眠りの世界に誘われているのかはわからないが、昨日は創作欲よりかは、睡眠欲との闘いだった気がする。


 見事打ち勝ち、目標としていた商品を完成することは出来たが、反動が来たのか不定期市に到着してからは爆睡してしまい、結局のところヒュノとツクモの2人に店番を任せてしまう形となってしまった。


「悪いな2人とも……何しているんだ?」


 悪いとは思ったが、その感情は2秒と続かなかった。ヒュノは泣きながら何かを口に咥えており、ツクモは怒りながら口許をハンカチで拭いていた。


「あんたねぇ……少しはまともな食べ物見つけてきなさいよ!! 私がいつカ……カ……カエル肉を食べたいだなんて言ったのよ!!」

「だって~つくもんがさっきからカエりたい、カエりたいって言ってたから……」


「カエリタイって『おうちに帰りたい』って意味だから!『カエリタイ=蛙食べたい』みたいな略語あるわけ無いでしょ」


 いつにも増して怒り口調でヒュノに問いつめていた。会話から察するに、ツクモの意思とは無関係にゲテモノ料理を無理矢理食べさせたのだろう。


「おぃ、店先で喧嘩しないでくれ。印象が悪くなっても困るから……な?」

「ほ? もう全部売れちゃったよ?」


「はい? どういう事だ。ツクモが何かやってくれたのか?」

「どうもこうも無いわよ。あんたが寝てすぐにお店スタートしようとしたら、急に人が怒涛の勢いで攻めてきて『売ってくれ』ってせがまれたのよ」


「値札貼る前にみんな来ちゃってびっくりしたね~つくもん」

「あ!! それも怒ろうとしてたの忘れていた。あんたねぇ、同じ商品なのに最初の人は100Gで売っていたのに、次の日とには2500G で売っていたでしょ!!」


「あれれ~つくもんに見られちゃってたかぁ~。てんてこ舞いで値段わからなくなっちゃってさぁ~えへへ」

「なに可愛く気まずさアピールしているのよ。価格にバラつきがあるとか販売者として考えられないわ!」


「ごめんね~だから、お詫びの印しに先に1口あげてご機嫌取ろうとしたんだけどなぁ~」

「だ~か~ら!! 殺人カエルの串焼きを人様の口に突っ込むバカがどこにいるのよ」


 触れれば即死の粘液を時折出すされているカエル型モンスター、その名もレッドフロッグ。掌サイズとモンスターの中では小さい個体に分類されるが、侮っていれば上級冒険者でも命を落としかねないとされる曰く付きのモンスター。


 見た目は初級冒険者が集うエリアに出没しそうな低級モンスターに見えるが、実際は違う。遭遇しても無闇に近づかず、避難するようにと警告がなされている曰く付きのモンスターだ。


 そんなモンスターには似つかわしくない扱いを受けているのがツクモが食べさせられたのかと思うと不憫でならない。


 100歩譲って……いや、100万歩譲って、仮にカエルの串焼きの見た目がまだマシであればツクモも案外ここまで叱責しなかったのかもしれない。


 素揚げ。カラッと揚げただけの見た目なのだ。衣がついていたり、調理されていたわけではない。


 まんま。見たまんま。


 モンスター図鑑に載っている姿と大差ない姿のままヒュノさんのお口に捩じ込まれたようだ。


「許してやれとは流石に言えないが、ヒュノもツクモも生まれも育ちも違うからここは落ち着こう。金額のバラつきも自由価格の範囲。以後気を付けるって事で」

「何が自由価格よ。自由過ぎて自分勝手過ぎるわ。あんたに言ったでしょ? 商売は信用が大事じゃなくて信頼が大事なのよ。過去に売れたかどうかなんて関係ないの。次も信じて託せる相手かどうかが大事なの!! 適当な事をしてる販売者を次も信用したいって思う人なんていないのよ」


「だ、そうだぞヒュノ。次も買いたいなって思える人になれって事らしい。ようはリピーターを増やせって」


 確かにツクモのいう通りかもしれない。商売は一期一会ばかりでもない。買いに来る人全員が一見さんなら相手の身なりに合わせて販売価格を変更してもいいかもしれない。しかし実際は違う。


 ○○さんが作った△△がいいとユーザーが感じれば、次も同じ商品を欲しいと感じるだろうし、□□も売れるかもしれない。


 結局、購入者にとって誰から購入したかも重要であり、嘘つきライザから敢えて買いたいという馬鹿はこの街の住民はいないだろう。


 やはり、嘘つきライザを知らない人間にしか俺の商品は売れない。


 つまり、この街を初めて訪れた人間に対して、この不定期市で売るしか選択肢はなさそうだ。


 もとより、俺は店頭に立たずして角で寝ている方が良かったのだろう。


「リピーターって、今日買いに来た人って以前に『ふにゃん』を物々交換した人とか、ここで買ってくれた人達だった……よ?」


 ははは、ヒュノさん。それはいくら何でも話を盛り過ぎではありませんか?


 今回俺が作ったのは、蜘蛛型モンスターを討伐した際にドロップした素材で作った服だった筈。攻撃力+1の付与効果しかないガラクタリングを所持している人のニーズと合うとも思えない。


「なぁ、ヒュノ。今日売った服ってどんな効果が付与されていたか判るか?」

「う~ん。確か、素早さ+1だけだった気がするよ」


 素早さ+1とか、また微妙過ぎる数値だ。前回もそうだが、+1だなんてその日の体調の誤差の範囲レベルじゃないか。それに、服にも重さは存在するから着用すれば素早さ-1くらいの負荷はかかる筈。


 結局、装備しても±0じゃないか!!


「あの~~」


 冴えない顔の人が俺達に声をかけてきた。


「はい……何でしょうか?」

「前回、ふにゃんを物々交換してもらった者なのですが……」


 ほら……ほら来た。恐れていた事が起きた。ふにゃんと物々交換した人。様子から察するに、困っている様子。ふにゃんを装備しても効果がないとかクレームを言いに来たのだろう。


「すみませんが、物々交換した物をお返しすることは出来かねます」


 俺がそう言って追い返そうとしたが、その人は俺の両肩を掴み叫んだ。


「いぇ、違うんです。他にも商品があれば是非譲っていただきたいのです」

「えっ……はい?」


「お金……お金なんていくらでも出します。お願いです、私に売ってください! 壺でも教本でも何でもいいんです。ナンデモ……ナンデモ」


 良くみれば眼がご乱心の様子。


 パニック状態と言うか、禁断症状のような……


「ライくんライくん、何の騒ぎ~?」

「アァ……ヒュノ様。またお逢いできるだなんて……なんと神々しいお姿を。他の宗派はやはり嘘偽りばかりで穢れきっていました。私には貴女様の慈悲で浄化されるのが最も最適でした」


「ふぁえ?! 何っなに?!」


 俺とツクモはこの時に全てを悟ってしまった。どうやら、ヒュノから物が売れていた原因は、ヒュノ本人にあるようだと言うことを。

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