第14話 現物主義者

「そんなオカルトな話を私に信じろって言うの?」


 私の元に入ってきた情報は理解する価値もなかった。証明も解明もされてない、下らないお話。商工会に出入りする方が私の顔を見るなり声をかけてきたので、傾聴しようとした矢先の事だった。


「ははは。ツクモお嬢様は、こういう話は嫌いでしたかい?」

「嫌いも何も、有り得ない内容ばかり。幸運のリングを装備したら巨万の富を獲た? 安眠効果のあるリングを購入したら睡眠が改善された? そんな子ども騙し、子どもの私にでも嘘だとわかるわ」


 私はこの世で嫌いなモノが2つある。それは、嘘と商品価値のないガラクタの2つ。


 騙そうとする心は卑しく、他者を陥れようと誘う言葉の羅列が嫌いだ。真実を証明できない言葉に何の意味があるというのか。


 嘘や作り話は、弱い人間の心に対する都合の良い羽衣でしかない。


「ははは。さすが、商工会会長の娘さんですな。不確かな情報には流されない所は、親父さん譲りだ」


 彼はそう言って私の目の前から立ち去った。私はこれまで何人もの詐欺師を見てきた。今更煽てられたところで別に嬉しいとも思わない。


 私の父である商工会会長に気に入られようと、他国の様々な骨董品やレアアイテムを持ち込み、取引したいと訪れる人間は沢山いた。


 笑顔で私の父に近寄り、言葉を巧みに操り、ガラクタを高値で売りつける。その悪魔染みた所業に私は何度も恐怖と怒りを覚えた。


「お父様。今戻りました」

「おぉ、ツクモか。……その様子だと、さっき俺のところにやってきた商人の戯言を聞かされたのだろ。実に不愉快だと感じていそうな顔をしているぞ?」


「お父様。嘘つき商人の出入りを禁じる規則を設けてはいかがですか?」

「許してやれ。商人という職業は流行りや最先端、未知の領域に敏感であるべきだ。制限を厳しく設ければ、私達商工会の未来を狭める事に繋がる恐れがある。それは賢いお前にもわかっている筈だぞ、ツクモ」


「えぇ、勿論知っている。悪徳商法に騙されたお母様が多額の借金をする程没頭し、私達家族が破綻した事もね」


 私は釘を刺すように言い放ちその場を後にした。別に商人が嫌いなわけでも、商売を疎ましいと感じているわけでもない。商工会会長の娘であることに嫌気がさしている事もない。


 偽物が嫌いで偽者が許せないだけだ。


 そして、人の心を玩ぼうとする巧みな話術が嫌いなだけである。


 商工会会長まで成り上がったお父様は、私とは違い社交性がある。その為、嘘の話を持ちかけてくる商人との会話もそつなくこなしている。


 お母様は違った。家に置くと幸せを運ぶ壺に、魔除けとして龍の彫刻品など、効果が不確かな渡来品にハマってしまい家計を散財した過去がある。


 お父様も私も、お母様には苦労した。心が廃れたお母様は、治療の為、現在はお母様の実家がある里で療養している。


 1度蝕まれた心の傷は戻らない。


 ガラクタに費やした大事なお金は帰って来ることはない。私達家族に大きな爪痕だけを残した偽物を私は許せない。


 商人の話では、巷で噂になっているアイテムは西エリアで流通しているらしい。西エリアでは不定期に開催している市場があり、そこで販売しているのだろうと察しはつく。


「西エリアの不定期市……賑わっているわね」


 私はそのまま西エリアまでやってきた。


 以前、お父様に何故不定期市を取り締まらないのかを尋ねた事があった。商品として物を販売するのであれば、私達商工会の許可を取ることが一般的である。


 しかし、お父様は西エリアの不定期市の取り締まりを実施することはこれまでなかった。不定期市には当然ながらに商工会非公認の商品が我が物顔で並んでいた。


 もしかしたら、この中に例の品があるかもしれないと思うと、嫌悪感で心が張り裂けそうになる。


 賑わいが、笑い声が。お金が擦れ合う音が脳内をグルグルと駆け巡りはじめた。


「いけない……発作が……」


 雑踏から聞こえてくる音すべてが耐えられなくなり、私は意識を失ってしまった。


「……か?」

「……じょうぶか?!」


 微かに遠くの方から聞こえてくる声。倒れた私に誰かが語りかけてくれているよう。


 心地よい声だ。商工会に出入りしている商人の声とは違い、棘の無い本心の声だ。


 私は何百人との商人と対話し、そのほとんどが、私を言いくるめようとしていたり、商品の紹介ばかりで、私と語り合おうとはしなかった。


 そんな譫言紛いな言葉に私は辟易としていた。


 誰もが本心を語らず、騙し合いをしているような錯覚に酔い潰れそうになる。


「大丈夫か?!」


 何度も何度も私を呼ぶ声。奈落の底に陥りそうになる私の意識を呼び戻してくれた本当の声が私を呼び戻した。


「……ごめんなさい。ちょっと人混みに酔っただけです。私は大丈夫で……えっ?」


 急に私の身体がふわりと軽くなったように感じ意識は覚醒した。気づけば私はお姫様抱っこをされており、恥ずかしい感情で思わず顔を手で隠した。


「だだ大丈夫です! 下ろしてください、困ります困ってます困らせないでください」

「人混みが苦手なら、移動するまでは大丈夫じゃないだろ? また倒れたら、それこそ困るだろ?」


 私に声をかけてくれた方は知らない男性だった。痴漢や人攫いであれば「下ろして!」と叫べば周囲の目もあり、私に危害を加えずに逃げてくれるだろう。


 でも、この人は悪い人で無いことはすぐにわかった。私が倒れた際に落としていた鞄も財布も回収してくれていたようで、私のお腹の上にポンッと置かれていたからだ。


 私が荷物を落とした事に対して不安がらないよう、彼が配慮してくれている証拠。中身を確認せずとも、少なからず彼からは何も取られていないことは明白だ。


 その後、木陰にあるベンチにゆっくりと下ろして座らせてくれた。


「これで、足りますか?」


 私は財布からお金を出して強引に渡してこの場を去ろうとした。貸し借りだなんて御免。それに知らない人に弱みを握られるくらいならその場で精算しておいた方が良いと思ったからだ。


「足りないよ」


 私を助けた男性はそう呟いた。


「じゃあ、倍の額でどうで……」

「休憩が」


 彼はそう言うと私の頭をポンポンと優しく叩いただけで、私からお金を一切受け取ろうとはしなかった。


「休憩? どういう意味ですか?」

「そのままの意味。もう少し休んでくれないと、またここまで運ぶ事になるかもしれないだろ?」


「私、貴方に助けてだなんてお願いしていませんけど?」

「あぁ知っている。また倒れるのなら、まだ俺の見ている間に頼むぞ?」


「……何故?」

「持ち物取られたら困るから」


「ふふっ……何それ」


 彼は私の荷物の心配もしていた事に思わず笑ってしまった。用心棒でも、同じギルドメンバーでも、知り合いでも何でもない。


 彼は知り合ったばかりの他人だ。


 そんな人が、他人の所持品の紛失を危惧しているだなんて笑わずにはいられなかった。


 流通をはじめ、商売に関する仕事を生業としている私達商工会にとって、奪い合いは日常だった。巧みに騙して、商品を押し付けようとする商人。言葉を利用し、私達の縄張りを侵食しようと目論む同業者。


 みんな笑顔の裏で、私達の大事なモノを奪おうとしている。家族の安寧ですら……


 だけど、目の前にいる彼は、どうやら真のお人好しさんらしい。こんな人に対し私は無駄に警戒心を持っていたのだと思うと笑いを堪えることは出来なかった。


「じゃあ、心配性の貴方に情報を提供するわ。この市場では最近、買い手を騙して売りつける事案があると聞くわ」


 こういう馬鹿なお人好しさんは、どうか騙れないでほしい。


「わかった、気をつける」

「貴方はここで買い物をしに来たんでしょ? 私なんか放置して楽しんで来たら?」


「えっと、俺の造ったどうしようもないアームリングを並べているだけで売れなくてさぁ~。物々交換をお願いされたら承諾してはいるんだが、売れないと夜ご飯代が稼げなくてさ」


 彼はこの市場に商品を売りに来ているそうだ。なかなか売れないとの事で困っているらしい。お金が欲しいのであれば、さっき提示したお金を素直に貰えばいいのに、彼は受け取ろうとはしなかった。


 頑固ではあるが、律儀な性格なのかもしれない。


「店……どこよ?」

「ん? いや、無理に買わなくていいぞ? 俺が創っているのはガラクタだから」


「売れなくて困っているんでしょ? 売るの手伝ってあげるわ。私こう見えて商売に長けているわ」

「良いのかよ? えっと……」


「私? あぁ、名前まだだったわね。私はツクモ。ツクモ・モーダンよ」

「手伝いありがとうな、ツクモ。俺はライザだ。ライザ・アロンサードノイルド」


 私は自分の耳を疑った。


『アロンサードノイルド』


 私の知っている名前。いえ、この街に住む冒険者や商人なら誰でも知っている。過去に街の人々を騙したとされる大悪党の名前だったからだ。

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