第77話:ホラーフラグ

「寒いいぃぃぃっ」

『はっはー、そうか?』


 ヴァルが、はしゃいでいる。

 聖都から北へ向けて出発して三日目に、雪が降り始めた。

 

 犬は喜び~という歌があるけれど、まさにソレ。

 カットはというと、


『吾輩が小僧の背に乗れば、重たかろう』


 とか言ってそそくさと隠し部屋に引き籠った。

 ちなみにウィプちゃんもカットと一緒だ。裏切者め。

 こたつはないけど、あの部屋、暖炉があるんだよおぉぉぉっ。


 私も入りたい引き籠りたい!

 でも私もカットも入っちゃうと、外から扉を開ける人がいないから目的地に着かないし……。


「せめてもう少しゆっくり走ってぇぇ」

『風が涼しくて気持ちいいじゃねぇか』


 これを涼しいなんて言えるのは、あんただけだよ!


 ヴァルの背なかに乗れば、確かに早い。

 歩いて半日の距離を、ヴァルだと一時間も掛からず走り抜けられる――と言っていた。

 でも急ぐ旅でもないし、むしろゆっくりでいいと思ってたから乗せて貰うのは緊急時だけ。

 ヴァルの方だって普段から乗れとは言わなかったのに、なんで雪が降っただけで大はしゃぎするの!!


 ひええぇぇぇっ。






「ぎょうは、あだだがいご飯が、いいです」

『にゃむ。暖かいスープを作ったのであるよ。まずは温泉に浸かって、体を温めるである』

「あい」

「そ、そんなに寒かったか?」


 無言で頷くと、ヴァルはしゅんとして「わるかったよ」と一言。

 きっと今、耳がぺしゃってなってるんだろうな。

 そう考えるとかわいくもあるけど。


 温泉に浸かって生き返ったところで、どこまで走ったのか地図で確認。


「だいたいこの辺りだな」

「おぉ、ずいぶん来たねぇ」

『とはいえ、道半ばにもまだほど遠いのである。このままヴァルの背に乗って走って貰えば、数日で到着するであろうな』

「その時はカット、一緒に乗ろうね」


 と笑顔で言うと、カットはヒゲをビビビって揺らして視線を逸らした。

 ひとりだけ温もろうたって、どうはいかないんだからねっ。


「わるかったって。明日は冷気を遮断してやるから、寒くないハズ……だ。たぶん」

「その間が気になる! あとたぶんってのも!」


 だけど本当に冷気が遮断され、寒くなくなった。


 翌日は部屋の外に出るなり、一面の銀世界が広がっていたのに寒くない。


 氷の精霊は冷気を操って物を凍らせるらしい。

 操れるってことは、それを完全に防ぐことも出来るってこと。


「寒くない!」

『だから言っただろ』

「昨日は自信なさげだったくせに」

『……乗るのか、乗らないのか』

「ん~、せっかくこんなに積もってるんだし、歩きたいかなぁ」


 積雪五センチでも数年に一度しか振らないようなところで育ったし、こんなに真っ白なのを見るのはテレビ以外だと初めて。

 誰も踏みしめていない新雪。

 うわぁ、走ってダイブしたぁ~い。


 ・

 ・

 ・


「の、乗せてください……」

「ま、そうなるよな」


 寒くはないの。

 でも雪道を歩くだけでこんなに疲れるなんて、知らなかったんだよぉ。

 も、もう無理……なんか足首も痛いし。


 あとでカットから、雪道を歩くときには普段使わない筋肉を使っているから、余計に疲れるんだって。

 なるほどねぇ。


 そしてこの日も、温泉風呂の中で入念にマッサージ。


「これ温泉なかったら、今頃ぶっ倒れてたかもねぇ」

『ぷぇ』


 楽々移動を続ける事四日目。

 ようやく山間部へと入り、さらに翌日には人形職人の町、ドールへと到着した。


「ここで作られる人形や、それに関係する物っていろんな国で売られてるみたいだけどさ」


 山間部ということもあって、町は雪に覆われてる。

 ここからいろんな所に人形を出荷するのって、大変そう。

 なんでこんな所に町を作ったのか――それとも町があって、たまたま人形職人がたくさんいただけなのか――。


「不便なところに町を作ったもんだねぇ」

「確かにな。ここじゃ冬場は荷物の出荷も搬入もままならねぇだろう」

「だよね」

「それに……」


 何か気になるのか、ヴァルはしきりと周囲を警戒していた。


「どうしたの?」

「人の気配が少なすぎる。これだの建物があるっていうのに、無人の家屋が多い」

「え、人がいないってこと?」


 人形職人の町……人がいない……。


 まさか、町の人が人形に変えられた!?


 なーんてB級ホラー映画みたいな展開、ある訳ないさぁ。


「冒険者の方、ですか?」

「ひょええぇぇーっ!?」


 突然後ろから声がして、思わず叫んでしまった。

 べ、別に怖くなんかないもんね。


「なにビビってんだ?」

「ビビってないしっ」


 ビビったなんて言ったら、また何を言われるやら。

 いや、何か言われる前にきっと……今みたいに頭を鷲掴みされるに決まっている。

 しかもにんまり笑いながら。


 ビビったのバレてる!


「突然お声がけして、申し訳ありません。実はお願いがございまして……」


 振り返るとそこに立っていたのは、初老のおじいちゃん。


 た、頼み……ごくり。

 まさか人形に変えられた孫娘を救ってくれとか、そんなことないよね!?


「実は孫娘が――」

「ホラーきたあぁぁぁっ」


 フラグ回収!?

 回収なの!?

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