第75話:温泉三昧

『ぷっぷぷぅ~、ぷぷぷぷぅ~』


 神々しく、綺麗だったヴァルキリー……どこいった?


 私の視界に見えているのは、腰を振って踊っているシルバニア体形のウィルオーウィプス。

 

「なんで?」

『精霊力を使い切ったのであるな』

「精霊力?」

『体力のようなものである』


 体力を消耗したら、小さくなるものなの?


『精霊とはそういう存在なのであるよ。精霊力の量で、下位か上位かが決まる。上位精霊に昇華しても、精霊力が減ればまた下位に戻るのである』

「へぇ。じゃあの子、そのうちまたヴァルキリーになれるのかな?」

『一度昇華しているからして、再び昇華する可能性は大いにある……ハズなのである』


 ぷりぷりと腰を振って踊るウィルオーウィプスを見て、カットも自信がないみたい。

 ヴァルがあの子の傍で笑うと、ウィリオーウィプスは弾丸となってヴァルの顔面に飛んで行った。


「こんのクソちび!」

『ぷぇーん。クソ犬が虐めるぅ』

「だ、誰が犬だ!」

『ぷぇーん。オマエ』


 あぁ……また仲の悪い組み合わせが出来そう。


『とりあえずミユキ嬢。瘴気だらけであるから、手あたり次第浄化するであるよ』

「あ、うん。そうだね」


 精霊同士でわちゃわちゃしてるのは放っておいて、どんどん浄化しまくる。

 どすぐろーい液体も瘴気なんだろうなぁ。

 それも浄化すると、どす黒かった液体が透明に。

 湯気のように湧き上がっていた瘴気が消えると、白いもわもわに変わった。


「あ、れ? これお湯?」

『どれどれ。にゃふ、確かにお湯であるな』

「おい、瘴気を祓えたのか? なんか臭ってるぞ」

「浄化したよ。したけど――ニオウ?」


 くんくんと嗅いでみても、私にはよく分からない。

 ただお湯のニオイが……お湯!?


「もしかしてこれ、温泉!?」

『温泉……なるほど。湯で卵を温めていたのであるな』

「温泉卵!?」


 ド、ドラゴンの卵を、温泉で温めるなんて……なんて非常識な!

 その非常識な連中をどうするか。


 蜘蛛の糸でがんじがらめにした連中のうち、ほとんどが……動かない。

 自分たちが崇める神の騎竜は、信者の生死なんて気にしなかったみたいだね。

 運がいいのか、あの伯爵は生きている。


「か、神よ……我らをお救いください。神よ……」


 がくぶる震えながらずーっとぶつぶつ言ってる。


「あれ、どうする?」

「手っ取り早いのはまぁ……」


 ヴァルが私をちらりと見る。


「いや……人間の罪を裁くのは人間だ。聖都に知らせれば、なんとかするだろう」

「聖都かぁ。片道五日間だよ。それまでどうしようか」

「俺がひとっ走りするか?」


 ヴァルが走れば早いだろうね。


『なら吾輩も行くのである。リヒトの隠し部屋で眠らせている人間たちを、そろそろ追い出したいであるから』


 ……あ、忘れてた。






「この度の騒動、解決していただきありがとうございます」

「エイデンさんが来たんですね」


 ヴァルが文句をいいながらカットを乗せて聖都に向かった翌日。

 なんとなく頭の中でカットが『扉を開くのである』って言ってる気がして、合言葉で扉を召喚。

 すると中にいたのは聖騎士たちだった。

 聖都で聖騎士を隠し部屋に招待し、そして私がベップゥの町で開く。

 塔の時と同じ。

 一瞬で人を運べる方法で来たのね。


 町の人に手伝って貰って、伯爵他の悪い奴らはこっちに連れて来てある。

 雇われていたであろう裏ギルドから派遣されてきた連中は、とっくに逃げてて捕まえられてない。


「伯爵、他国の貴族だけどどうなりますか?」

「邪神崇拝はどの国でも罪びととして扱われます。今回は多くの命を奪っている上に、騎竜を復活させようとしていましたから」

「ちゃんと罪に問われるよね? 貴族だからって許されたりしないよね?」

「むしろ罪が重くなるでしょう」


 そっか。よかった。


 伯爵たちは聖騎士に連行され、この国の衛兵に引き渡されることになるらしい。

 

 温泉を使って騎竜の卵を孵化させるために、源泉をあの洞窟に引き込んでいた。

 ただの温泉なら効能があるだけ。

 不浄な卵には不浄な温泉が必要。だから人を攫って、命を奪って、温泉を穢した。

 しかも善なる神々のお膝元とも言える場所で。


 邪神の存在を、こんなことで肌で感じることになるなんて。


 一行が出発する頃、町のいたるところで白煙――湯気が立ち上るように。

 温泉が戻った!?


 洞窟に流れる方を堰き止め、本来の流れに戻したもんね。

 これで――これで温泉に――


「入れる!!」


 うおぉぉぉ、念願の温泉だぁぁぁ。






「はぁ、温泉最高。毎日でも入りたいなぁ」

『毎日であるか……にゃふ。まぁ可能であるが』

「え!?」

「はんっ。隠し部屋に温泉でも引こうってのは?」

『であるよ』

「……は?」


 言った本人が驚いている。


『この部屋の蛇口から水が出るであるな? さて、その水はどこからきていると思う?』

「どこって……ん?」


 どこだろう。

 隠し部屋がある空間は、幻獣界だって言ってた。

 でもそこへ行く扉はない。


『あの水はリヒトが作った魔道具を使って、こちらに引き込んでいるのである。そのために魔道具を水場に沈めておくのであるが――』

「その魔道具を温泉に沈めれば!?」

『にゃふぅ。温泉の湯をこちらに引けるのである』


 うおおぉぉぉ、リヒトさん天才!!

 これから毎日、温泉三昧じゃぁー!!

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