第73話:騎竜

 ヴァルキリーが下――と言った訳は、光が収まると分かった。


「板?」

「蓋をしてやがるな」

『下に空洞があるようであるな。ここから瘴気が漏れ出ていたのである』

『ぷぅぅ』


 床に大きな板が五枚並んでる。

 それをヴァルが動かすと、下は空洞になっていた。


「……また落ちるのか」

「また?」

「な、なんでもねぇっ」


 また?


『にゃんであるか? ん?』

「う、うるせぇクソ猫っ」

『にゃふぅぅ』


 悪そうな顔してるなぁ、カット。


「卵がどうとか言ってたよね。なんかこの下、瘴気が濃い気がするんだけど」

「気のせいじゃねぇ。この下だな」

「じゃ、行くしかないね。でもどうやって下りよう」


 瘴気のせいで下の方までは見えない。深いのか、それとも意外と浅いのか。

 ロッククライミングなんて無理だよ。


『行くぞ』

「んぉ? おぉ、ヴァルのワンワンモード!」

『ワっ……犬扱いするんじゃねえ!』


 ヴァルに服を噛まれてぽいっと放り投げられると、そのまま彼の背中にぽすん。

 相変わらず投げのコントロールが絶妙だね……。

 

『行くぞ。しっかり捕まってろ』

『にゃっふぅ。行くである、ワンワン号!』

『あぁぁ?』

「え、ちょ、ふひいぃっ」

『ぷぇん』


 カットの一言で怒ったヴァルが、その場でびょんびょん跳ねる。

 カットを振り落とそうとしているんだろうけど、私も乗ってるんですけどぉ。


「ヴァ、ヴァルぅぅ」

『帰ったら俺だけ極上肉。そいつにはナシだ』

「わかった、わかったからぁ」

『にゃんと!? 吾輩、肉なし!?』

『それから……ブラッシングだっ。ブラッシングしろっ。いいな!』


 ブラッシング?

 嫌いじゃなかったの??


「おわあぁっ。急に下りないでええぇぇひゃあぁぁぁ」

『口閉じてろ。舌噛むぞ』


 壁を蹴ってジグザグに穴を下りていく。

 意外……と深い?

 と思ったけど、すぐに壁がなくなってら……落下!?


 ひえぇ……え……たま、ご?

 落ちながら、すっごいイヤぁな物を見てしまった。


 楕円形の、でも中がほんのり透けて見える卵みたいなもの。

 いやでも大きすぎるでしょ!

 一軒家が丸ごと入りそうなサイズの卵って……いったい何が孵化しようとしてるの!?


『なんだ、ありゃ』


 着地したヴァルが驚いたように卵を見上げる。


『にゃ。吾輩も見るのは初めてであるな……。先祖から聞いた話と照らし合わせれば、あれは騎竜』

「きりゅー?」

『神が手綱を握り、戦場を翔るために創造された竜である』


 竜……りゅー……


「ドラゴン!?」

「くそったれ。あの様子だと邪神の騎竜じゃねえか」


 あ、人に戻ってる。

 じゃなくって、邪神の!?


 うっ。言われてみたら中身のあれ、膝を抱えてるドラゴンに見えなくもない。

 それに、もやもやぁって黒い瘴気を垂れ流してるし、邪神の騎竜だと言われても納得出来そう。


「おやおや、どこから入ってきたのだろうね、このネズミ……いや、猫どもは」

『にゃ?』


 通路があって、そこから数人がやって来た。

 なんかみんな黒いローブみたいなの着てて、ちょっと不気味。


『吾輩は猫ではないのであるよ』

「ほぉ、喋る猫か。これはこれは珍しい。よし、神への貢物にしよう。さ、捕まえろ」


 神への貢物って、まさか……まぁこの状況だし、邪神の方だよねぇ。

 ってことは、


「あんたが誘拐犯ね! 誘拐した人たちをどこにやったの!」


 答えは分かってる。たぶん、分かってる。


「みな神の下へ旅立ったよ、お嬢さん。我が神の騎竜孵化のために贄となってね」

「……ぶん殴ってやる!」


 人を……人を餌にするなんて、絶対に許さないっ。


「ミユキっ」

「へ?」


 ヴァルが私を抱え込むようにして横に飛んだ。

 彼の肩越しに見えたのは、ドス黒い触手。


「おぉ、騎竜が喜んでおる。どうやらその娘、聖職者のようだねぇ」


 あの触手、ドラゴンから伸びてるの!?


「は、伯爵様大変です!」

「なんだね、騒々しい。これから騎竜の食事の時間だというのに」


 伯爵?

 じゃあこの山の領主だっていう貴族?


「牢屋にいた餌どもが、全員いなくなっているんですっ」

「なんだと!? 見張りは何をしていたんだっ」


 見張りは一応仕事してたけど、まぁ弱かったから。


「逃げられるはずはないんだ。探せ! それから追加の餌を早く捕まえてこいっ」

「は、はいっ」

「そんなの、やらせるわけないでしょ! "絡みつけ、蜘蛛の糸"」


 カットに教えて貰った、比較的短い呪文で使える魔法――スパイダー・ネット。

 粘着力のある蜘蛛の糸みたいなもので、相手を絡めとって動きを封じる。

 ただ刃物には弱い。


 何人かが咄嗟に剣を抜いて斬ってしまったけれど、他は捕まえることが出来た。

 伯爵と呼ばれた小太りな人も、ぐるぐる巻きになってる。

 なってない連中はヴァルがあっという間に倒してくれた。

 あとたぶん、カットも。

 ケットシーは時間を止める能力があるって言うけど、止めてる隙に何かしているのかも。


「さぁて、残ったのはあのデカぶつだが……クソ、ドラゴンか」 

「何か問題があるの?」

『地上最強。ドラゴンがそう言われるには、それなりの理由があるのである。ドラゴンは総じて属性に対する抵抗力が高いのでる。そのうえアレは神の騎竜。上位属性である氷だろうと雷だろうと、大したダメージは与えられないのである』

「つまりヴァルの、絶対零度なあれも利かないってこと?」

「その通りだ。だがゼロじゃねぇ。やるしかねぇだろ」


 やるしかない。

 うん、やるしかないね。


「騎竜よ! 闇の神の騎竜よ! そいつらを今すぐ喰らえっ」

「うるせぇ、黙ってろ!」


 口を塞ぐの忘れてた。

 ヴァルに殴られて伯爵が倒れるのと同時に、禍々しい卵が……


『グオ゙オ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ン』


 孵化した。

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